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 心なしかペダルを踏む脚が軽い。
 いつものように自転車に乗って仕事に向かう真紘は、朝のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 このところ目覚めがいい。
 真紘はいつも、目覚まし時計が鳴る5分前には目を覚ます。前の晩、どんなに遅く床に就こうとも、どんなに眠りが浅くとも、その習慣は変わらない。
 謙司がいなくなってからというもの、目覚めの気分は最悪だった。いっそ朝なんか来なければいいとさえ思った。なのに今は頭の中がすっきりとしていて、寝足りた感じがする。慢性的な睡眠不足もすっかり解消していた。
 思い当たる理由はひとつしかない。
「鷹也のおかげかな」
 このひと月ほど、鷹也は受験勉強の合間を縫っては、度々真紘の部屋に遊びにくるようになっていた。部屋でコーヒーを飲みながら、昔の思い出話や彼の学校での出来事などを聞くのは楽しかった。天気のいい日は、土手を散歩したり、キャッチボールをしたりもした。2人で買い物をして、2人で作った料理は、お腹だけでなく真紘の心の空洞まで満たしてくれた。
 いつのまにか、鷹也と会える日を心待ちにするようになっている。
 自分の心境の変化に戸惑いながらも、真紘は毎日の生活に張りを取り戻しつつあった。
 工場の脇に自転車を止めて中へ入ると、平山が声をかけてきた。
「この頃、調子がよさそうだな。ちょっと前までは顔色も悪かったし、様子がおかしかったから、そのうち怪我でもするんじゃないかと気が気じゃなかった。元気になってよかったよ」
 謙司のことは、職場には黙っていた。それでも平山は真紘の変化に気づき、心配してくれていたのだ。
「すいませんでした。もう大丈夫です」
 平山は大きくて分厚い掌で、真紘の肩をぽんぽんと叩いて離れていった。
 たしかに、謙司を失ってからの真紘は疲弊しきっていた。ひっそりとした部屋の中にひとりきりでいると、閉塞感に押し潰されそうになった。謙司と出会う前の生活に戻るだけだと自分に言い聞かせても、すでにひとりの生活を思い出すことができなくなっていた。
 実際、真紘がひとりで暮らしていた期間はひと月ほどしかなかった。9年間暮らした施設には同じ境遇の仲間がいたし、謙司と出会ったのは施設を出て一人暮らしを始めた矢先だった。ひとりの生活に慣れる前に彼との同居がスタートしてしまったせいもあるが、なによりも、ひとりきりの記憶が色褪せてしまうほど、彼との生活は充実していた。
 真紘にとって、謙司はそれまで得たことのない大切な存在だった。施設の仲間との同病相哀れむような関係とは違い、彼との繋がりは健全で幸福だった。それは、記憶を失う以前に真紘が持っていたはずものだ。それを謙司が再び与えてくれたのだ。
 真紘が母親や謙司たちの記憶を失くしてしまったことについて、謙司はほとんどなにも訊かなかったし、無理に思い出させようともしなかった。ただそばにいて、あるがままの真紘を受け入れてくれた。そんな彼は、いつしか真紘の心のよりどころとなっていた。おそらく幼い頃の自分にとっても、彼の存在は大きかったに違いない。
 その心のよりどころを、真紘は二度に渡って失くしてしまったのだ。この喪失感は、記憶にない母親の死を知らされたときよりも大きい。
 それなのに、謙司の死が穿った心の穴は、彼の弟である鷹也の存在によって塞がれつつある。これは真紘にとっては予想もしていなかったことだ。
「おい、ぼんやりしてると怪我するぞ」
 先輩の井田に注意され、真紘は我に返った。
「あっ、はい」
「そのきれいな指がなくなっちまったら、俺がショックだ」
 お調子者の井田は、隙あらば真紘をからかって遊ぼうとする。最初の頃に比べればだいぶ免疫もついたが、今でも時々、本気とも冗談ともつかない口調の井田に、どう対処したものか迷ってしまう。
「おれの指はおれのものであって、井田さんのものじゃありません」
「怒るなよ。冗談だろ」
 そういって背中に触れた井田の手を、真紘は反射的に振り払った。
 井田は呆気にとられた顔で、行き場のなくなった手をそろりと引っ込めた。
「あっ……すいません」
 真紘は背中に触られるのが苦手だった。しかし、それを打ち明けて理由を訊かれると面倒なので、職場の人間には黙っていた。
 井田は「俺のほうこそ調子に乗りすぎた」と詫びて仕事に戻っていった。真紘も仕事に集中しようと努める。でないと本当に怪我をするかもしれない。真紘が怪我をして困るのは平山だ。恩人である彼に迷惑をかけるようなことだけはしたくない。
 そもそも、町工場に勤める男たちの中には、指が欠けている者が少なくない。事実、平山は先代の知人の工場に丁稚に出ていた頃、プレス機に指を挟まれて、右手の中指と薬指の第1関節から先を欠損している。
 井田からも、よその工場に勤めていた幼なじみが機械に巻き込まれて大怪我をした、という話を聞いたことがあった。
「あいつは腕ごと機械に持っていかれちまって、右腕が肩の下からないんだ。そうなったら働くこともできねえ」
 あのときの井田の沈痛な面持ちを思い出すと、本当に真紘の身を案じて注意してくれたのだと感じる。表面はお調子者に見えても、中身は案外誠実な男なのかもしれない。
 真紘は心の中で井田に感謝した。
 無事にその日の仕事を終えると、真紘は例によって平山の夕飯の誘いを断り、帰りにスーパーに立ち寄った。夕飯の食材をカゴに入れてレジに向かう途中、コーヒーなどの嗜好品の棚の前を通りかかった。
「あ……」
 真紘は立ち止まり、棚に手を伸ばす。
「いい加減これも買っといてやるか」
 手に取ったのは、コーヒー用のミルクと砂糖だ。いつも真紘が入れるブラックコーヒーを、少しだけ眉を顰めながら黙って飲んでいる鷹也の顔を思い出し、真紘は小さく笑った。
 本当はブラックは苦手なのだろう。なのに自分でミルクと砂糖を持ち込むこともせず、出されたコーヒーを文句も言わずに飲む彼の無骨なやさしさが、真紘には好ましかった。あの顔見たさにわざとミルクと砂糖を用意しなかったのだ、とはとても本人には言えない。
 明日は甘いコーヒーを淹れてあげよう。そしたら鷹也はどんな顔をするかな。
 真紘は浮き立つような気持ちでレジに向かった。





第7話につづく


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誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
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【1/15】
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一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
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