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「……は?」
 真紘があまりにも平然とその言葉を口にしたので、鷹也はその意味をうまく呑み込むことができなかったようだ。
「小学3年生以前の記憶がないんだよ。きみたち家族のことも覚えてない。だから会いに行けなかった」
 鷹也はますます混乱している様子で、乱暴に前髪を掻きあげた。
「どういうことだよ」
「おれが世話になった施設の人の話によると、おれは小学3年の終わりに、たったひとりの肉親だった母親を亡くしてるんだ」
 自分の声があまりにも落ち着き払っていて、誰か他人の身の上話でもしているような気分だった。
「その現実に耐えられなくなって、母親と暮らしていた間の記憶を失くしてしまったらしい。だから、ちょうどその時期に一緒に遊んでたというきみたち兄弟のことも、なにも憶えていないんだ」 
 それ以上のことは真紘自身も知らない。施設の職員や園長に訊いてみても、真紘が期待した答えは返ってこなかった。ただそういう過去があったのだと諦めるしかなかった。諦めることに慣れるしかなかった。
 不意に、長い腕に抱き寄せられた。
 男として決して小さいほうではなかったが、真紘の身体は鷹也の胸にすっぽりと収まってしまう。謙司とは違うかすかな体臭が、真紘の鼻腔をくすぐった。
「そんなのって……あるかよ。そんなことって……」
 震える声が掠れて途切れた。鷹也は真紘の肩口に顔を埋め、声を殺して泣いていた。
 一瞬身じろいだものの、子どもがしがみつくようにして自分を抱くこの男を、突き放すことも、ましてやその背中に腕をまわすことも、真紘にはできなかった。
 やがて鷹也は真紘の身体を離し、鼻をすすり上げた。
「ごめん。泣きたいのは真紘のほうだよな」
 鷹也はまっすぐに真紘を見つめ、照れ臭そうに笑った。
 真紘はその目を見ることができなかった。
「すまない……」
 なにに対して詫びているのか、自分でもわからなかった。泣かせてしまったからか、忘れてしまったからか、それとも、彼の涙を抱きとめてやれなかったからなのか。
 鷹也は慌てて頭を振った。
「いや、いいんだ。真紘は謝るなよ。それより、キミじゃなくて鷹也だって言ってるだろ」
 正直、真紘からすれば、初対面の人間を呼び捨てにするようなものだった。それでも先程とは違い、今度は罪滅ぼしの気持ちを込めて頷いた。
「わかった。努力する」
 そのとき、コンロの薬缶がタイミングよく鳴った。真紘はふたつ並べた大ぶりのマグカップに、インスタントコーヒーを淹れた。湯気と一緒にいい香りが立ちのぼる。両手にカップを持って和室に移動すると、一方のカップを鷹也に差し出し、向かい側に座った。
 鷹也はそのカップを両手で包み込む。
「これ、兄貴が使ってたカップ?」
 真紘も鷹也の手の中を見つめる。
「……そうだよ」
 鷹也は熱いコーヒーをひと口すすり、眉を顰めながら遠慮がちに切り出してきた。
「なあ、訊いてもいい? さっきの話だけど、なんで兄貴と同居してたの? いつ、どうやって再会したの?」
 自分に答えられることならなんでも話してやろうと、真紘は腹を括った。
「4月の終わり頃だよ。おれは慣れない一人暮らしのせいで時々眠れなくなることがあって、よく深夜の町をうろついてたんだ」
 真紘はいつもアパートの前を流れる川に沿って歩いていた。土手の道を上流に向かって歩き続けると、隣の市の中心街に続く大きな橋に出る。その橋の上から真っ暗な川を眺めるのが常だった。
 だが、その日はいつもと違っていた。突然、夜まわりの警察官に呼び止められたのだ。どうやら自殺志願者に間違われたようだった。自殺しようとしていたわけではないこと、真紘には身元を保証してくれる家族がいないことを説明したが、警察官はなかなか信用せず、真紘を解放してくれなかった。困り果てていたところへ現れたのが謙司だった。
 自転車に乗っていた謙司は、真紘の顔をちらちらと窺いながらも、一度は通り過ぎていった。しかし、すぐに引き返してきて「真紘か?」と声をかけてきた。彼は警察官から事情を聞き、真紘は自分の幼なじみだと説明してくれたが、真紘には彼が誰なのかわからなかった。それでも、この場をやり過ごすことさえできればと思い黙っていた。警察官が安心して立ち去ると、彼は真紘をアパートまで送ると言ってついてきた。
 最初は初めて見る男に不信感を抱いたものの、懐かしそうに微笑む彼のゆったりとした物腰に、警戒心は薄れていった。道すがら、真紘は小さい頃の記憶がないこと、母親の死後は施設で育ち、高校卒業と同時に1人立ちしてこの町の工場で働いていることを打ち明けた。その間、黙って真紘の話に耳を傾けていた彼は、最後に「がんばったな」と言って真紘の頭をやさしく撫でた。真紘は川野謙司と名乗るこの男を信じたいと思った。
 それから数日後、謙司が肩にスポーツバッグを下げてやってきた。自分の部屋は改装工事することになったから、しばらくここに居候させてくれと言う。しかし、いつになっても改装工事が終わったという話は聞かれず、結局半年もここに住みついていた。
「多分、おれがひとりで寂しがってると思ったんだろうな」
 真紘は小さく笑った。
 一方、鷹也は呆れ顔だった。
「我が兄貴ながら、すげー厚かましい男だな。それに、うちは改装工事なんてしたことないぞ」
「うん。その話は嘘だって、なんとなくわかってた。ここで暮らすための口実だったんだ」
 こんなにやさしい嘘があることを、真紘はこのとき初めて知った。けれど、なぜ嘘をついてまで自分と一緒にいてくれるのか、真紘には理解できなかった。
 手元のコーヒーに視線を落として考え込んでいると、鷹也が心配そうに覗き込んできた。
「顔色が悪いね。あんまり寝てないんだろ」
 たしかに、謙司がいなくなってからあまり寝ていない。と言うより、眠るのが怖かった。朝、目覚めたとき、彼のことを憶えている自信がないのだ。
 もしかしたら、また自分は忘れてしまうかもしれない。かつて母親を忘れたように。
 そんな不安を悟られないよう、真紘は笑顔を繕った。
「そんなことないよ。少し疲れてるだけ」
 それから鷹也は、コーヒー1杯分の世間話をして帰っていった。
「また明日来るから」
 と言い残して。





第4話につづく


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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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