忍者ブログ
創作BL小説ブログ
ADMIN | WRITE | RESPONSE
■□ [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 範子が口を開くまで、鷹也は辛抱強く待った。
「……由季子さんはあの日、容態が急変して、もう自分の命が長くないことを悟ったの。それで……真紘ちゃんの首を絞めて、道連れにしようとしたのよ」
「っ……」
 声にならなかった。
 おぞましさに背筋が震えた。
「真紘ちゃんひとりを残すのが不憫だったのか、それともひとりで死ぬのが怖かったのか……今となってはわからないけど、それでも由季子さんにはまだ母親としての情が残っていたのね、きっと。意識を失ってぐったりしている真紘ちゃんを見て、自分で救急車を呼んだのよ」
 真紘も心配だったが、範子の目には由季子の病状がかなり深刻に見えたため、由季子と真紘を乗せた救急車に同乗し、病院へ付き添ったのだという。
 病院に到着すると、真紘は間もなく意識を取り戻した。医師の診察を受ける真紘の細い身体は青痣だらけだった。そして背中には、無数の小さな丸い火傷の痕があった。治りかけているものもあれば、まだ乾ききらない新しいものもあった。
 そこでようやく範子は、由季子が日常的に真紘を虐待していたことを知った。
「真紘ちゃんは怪我が治って体力が回復するまで入院することになったの。由季子さんは救急車で運ばれたその日に集中治療室に入れられて……4日目の朝に亡くなったわ。けれど、そのときすでに真紘ちゃんは、由季子さんや私たちのことを憶えていなかった……」
 ふたりの間に重い空気が立ち込める。
 喉がひりつくように渇いて、鷹也はごくりと唾を飲み込んだ。
「真紘は……施設に入るしかなかったの?
身内は誰も引き取りに来なかったのか?」
 範子は首を振った。
「だから、真紘ちゃんをうちで引き取ろうと思ったの。お父さんとも何度も話し合ったし、真紘ちゃんのように心的外傷が原因で記憶を失くした子どもについてもいろいろ調べたわ。でも……だから、怖くなったのよ」
 そう言って、範子は真剣な目で鷹也を見つめた。
「もしも真紘ちゃんにあのときの記憶が戻ったら……真紘ちゃんはどうなると思う?」
 実の母親に虐待され、殺されかけた記憶が甦ってしまったら……。
 鷹也にはわからなかった。だから、自分の身に置き換えて想像してみる。
 死にたくなるかもしれない。実の母親に疎まれ、殺されかけた命なら、あのとき、あのまま死んでしまったほうがよかったと、俺なら思うかもしれない。
 あるいは、母親を憎むことで生きていけるのなら、まだそのほうがましだろうか。
 おそらく誰もが、死ぬまで思い出すことがなければそれが一番幸せだと言うだろう。でもそれは、実際に記憶を失くしたことのない人間の浅はかさと過信が言わせる言葉だ。
 自分の中に、自分の知らない空白の時間が存在することの恐れや虚しさに打ち勝つだけの強さが、はたして俺にはあるだろうか。
「それを考えると、真紘ちゃんを受け止める自信がなかった。私には荷が重すぎたわ。真紘ちゃんにとっても、無知な素人より専門的な知識やノウハウのある施設で暮らすほうが安心だと思ったの」
 言葉とは裏腹に、範子の顔には後悔が滲んでいる。
「いいえ、違うわ。私はただ逃げただけ。でも……謙司は逃げなかった」
 真紘と再会し、範子から本当のことを訊き出した謙司は、ためらうことなく家を出た。
「言い方は悪いけど、謙司は真紘ちゃんを見張るために一緒に暮らしていたの。いつ何時、真紘ちゃんの記憶が戻るかわからないでしょ。できることなら思い出さずにいてほしいけど、万が一あの日のことを思い出してしまったら、施設を出てひとりきりの真紘ちゃんがどうなってしまうか……謙司はそれをとても心配していたわ。もしそのときがきたら、自分が真紘ちゃんのそばにいてやりたいって……」
 謙司らしいと思った。
 同時に、羨ましくもあった。
 鷹也だって、もしも状況が許せば謙司と同じことをしただろう。
 けれど……。
 範子は両手に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
「私がいけないの。あのとき私が真紘ちゃんを引き取ってさえいれば……。ずっと後悔していたのよ。きっと謙司は、逃げた私の代わりに真紘ちゃんの人生に関わっていこうとしていたんだわ。私さえしっかりしていれば……謙司は死なずにすんだのよっ」
「なに言ってるんだ、母さん。それと兄貴の事故はまったく関係ないよ。兄貴を殺したのは飲酒運転のドライバーだ。母さんのせいじゃない」
 それを言ったら、謙司が死んだのは、記憶を失くした真紘と同居していた謙司自身のせいであり、真紘を虐待していた由季子のせいであり、由季子を捨てた男のせいであり――追及すればきりがない。
「それよりも、真紘のために今できることを考えようよ」
 範子は弾かれたように顔を上げ、鷹也の腕に縋りついた。
「鷹也、おまえは行かないで。この家にいてちょうだい。鷹也にまでなにかあったら、私はもう……」
 そこに母親のエゴイズムを嗅ぎ取った鷹也は、思わず範子から顔を背けた。真紘の身を案じながらも、一方では自分を守ることに必死だ。こんなに弱く利己的な親の姿を見せられるのは、子どもにとっては悲しく、腹立たしいことだった。しかし……。
 親も、所詮ただの人なのだ。
 無理もない。愛する子どもを失ったのだから。本当なら自分が子どもに見送られるはずだったのに、先に子どもが逝ってしまったのだから。
 軽い失望とともに、母親に対して今まで感じたことのない情が湧き上がってくる。
 鷹也は範子を安心させるために、その腕をやさしく摩った。
「わかってるよ、母さん。俺はここにいる。でも、時々真紘の様子を見に行くくらいはいいだろ? 真紘も今すごく辛い思いをしてるはずだし、母さんだって真紘のことが心配だろ? 夜には必ず帰ってくるから。ね?」
 わずかに迷いを残しながらも、範子は小さく頷いた。
「そうね……。一番辛いのは真紘ちゃんだものね」
 その真紘に自分がした仕打ちを思うと、鷹也は自己嫌悪に陥った。範子にはああ言ったものの、鷹也は真紘と顔を合わせるのが怖かった。





第13話につづく


にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
     
ランキングに参加しています。
お気に召しましたらポチッとお願いします。
1日1回のみカウントされます。
PR
■□ COMMENT
HN:
TITLE:
COLOR:
MAIL:
URL:  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT:
PASS:
■□ TRACKBACK
トラックバックURL:


■□ INFORMATION

【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

■□ COMMENTS
▼コメントありがとうございました!
[05/27 朔田]
[05/21 ままたみ]
[05/12 朔田]
[05/11 須和]
[05/11 ままたみ]
[05/10 須和]
[05/10 東風]
■□ PROFILE
管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
■□ RANKING
▼ランキングに参加しています。お気に召しましたらポチッとしていただけると大変励みになります。    ※こちらは別窓が開きます。
にほんブログ村小説ブログBL小説ランキング    カテゴリ別オンライン小説ランキング

にほんブログ村トラコミュ[メガネくん萌え]
▲管理人をしています。メガネくん好きの方はぜひご参加ください♪
■□ SEARCH
忍者ブログ [PR]