今日も昨日も一昨日も、太陽を見ていない。細く降り続く銀の糸が、鉛色の雲を空に縫い止めてしまったようだ。
北窓の図書室の中は日中から薄暗い。中原にもっと明るくしてくれと頼んでも、どうせおまえらはおしゃべりしにきてるだけだろう、と取り合ってくれない。おそらく学校側から節電を心掛けるようお達しでもあったのだろう。照明の明るさが最高値になるのは、純粋に本を読みにきた生徒がいるときだけだ。 それでも十哉たちにとって、ドライ運転とはいえこの時期に空調が効いている図書室は、貴重な憩いの場所だった。 「梅雨明けはまだかなぁ。早くしないと夏休みに突入しちゃうよ」
頬杖をついて窓の外を眺めていた沢が、じれたように呟いた。十哉は出がけにちらっと耳にした女子アナウンサーの言葉を思い出した。 「大丈夫だよ。早ければ今週末にも西のほうから梅雨明け宣言が出るだろうって、今朝テレビで言ってた」
「ほんと? よかった」
「夏休みになにかあるのか?」
「うん。休みに入ったらすぐに高知に行くんだ。母方のばあちゃんちがあるんだよ。ぼくと弟は毎年お盆が終わるまで向こうに行ってるんだ」
予想していなかった話に、十哉の表情が曇る。
「じゃあ、夏休みの半分以上は高知にいるのか?」
「そうだよ」
十哉の声のトーンが心持ち低くなったことにも気づかず、沢は楽しそうに続ける。
「向こうには従兄弟がたくさんいるから退屈しないんだ。田舎でなんにもないところだけど、山も川もきれいだし、空気もおいしいし、海も近いし、すごくいいところだよ。いつも東京に戻る日になると、弟が帰りたくないってごね出して大変なんだ。ぼくも小さい頃はそうだったけどね」
「へぇ……そうなんだ」
ほかに応えようがなかった。夏休みこそは沢を誘って遊びに行こうと考えていた十哉だったが、こんなにうれしそうに高知行きの話をされては、もう自分がどこへ誘っても、夏休みの思い出としてはあってもなくてもどうでもよい食玩の小さなラムネと同等のように思えて、すっかり気持ちが折れてしまった。
沢から顔を背けると、先程まで無人だったカウンターに中原の姿があった。パソコンのモニターに見入っている彼の様子にほっと胸を撫で下ろし、十哉は沢に意識を戻す。 「従兄弟って何歳? 何人いるの?」
「えーっと……ふたつ上と、おない年と、ひとつ下と……」
指折り数える沢が四本目の指を折ろうとしたとき、片野が現れた。
「おーっす、やっぱり今日もいたな」
いつもならあとに続いて入ってくる吉本の姿がない。
「あれ、吉本は一緒じゃないのか?」
十哉が訊ねると、片野はにやりと笑った。
「驚くなよ。あいつはなんとデートだ」
「ええーっ」
素っ頓狂な声を出したのは沢だ。
「ヨッシー、彼女いたの?」
驚きのあまり、大きな瞳をくりくりさせている。
「先週の学園祭でゲットしたらしい」
この学園は二学期制を導入しており、六月の前期中間考査のあと、七月初旬に学園祭が催される。毎年、在学生の関係者だけでなく、近隣の高校からも多くの学生が訪れる。とくに駅の反対側にある私立の女子校とは古くから親交があり、毎年互いの学園祭に生徒会と実行委員会を招待し合っていた。 「ヨッシーって実行委員だったっけ」
「相手の子もね」
あのお祭り騒ぎの中、吉本は見事に意中の女の子を口説き落としたようだ。
「顔に似合わずやり手だったんだな、あいつ」
十哉が率直な感想を述べると、片野がまじまじと十哉の顔を見つめる。
「見た目だけなら断然十哉のほうがモテそうなのに、おれに近づくなオーラが出てるからなぁ。もったいないよなぁ」
十哉の片眉がぴくりと上がる。
「なんだよ、それ」
「あれ、自覚ない? 俺、初めておまえに声かけるとき、けっこう勇気いったんだぞ。沢と一緒にいるときは穏やかに見えるけど、ひとりのときはおっかねえ顔してんだもん」
初めて他人からそんなことを指摘され、十哉は驚いた。みんな口に出さないだけで、心の中ではそう思っているのだろうか。
「そんなつもりはないんだけど……」
「今ならわかるよ。べつに怒ってるわけじゃないってことは。それがおまえの地なんだよな。それに俺、おまえのそうゆうとこ嫌いじゃないし。誰にでもいい顔してる吉本よりよっぽどマシだよ」
そこへ、会話から置き去りにされかけていた沢が、ふたりの気を惹くように口を挟んできた。
「ねえねえ、ぼくは? ぼくもちょっとはモテそうじゃない?」
愛嬌たっぷりの笑顔を振りまく沢の頭を、片野はぐりぐりと掻きまわす。
「はいはい、沢もかわいいよ」
まるっきり子ども扱いだ。怒った沢が片野の手を掴んで反撃に出る。 「かわいいじゃなくて、かっこいいって言えー」
いくら怒ってもかわいい沢に目を細めながら、十哉はなおも沢の頭をぐりぐりやろうとする片野を諌める。 「片野、そのくらいにしとけよ。沢がこれ以上縮んだらどうするんだ」
一言多かった。
とうとう沢は顔を赤くして、声を張り上げた。 PR |
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