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 信じられないことだが、この一週間、一威は放課後の図書室通いを続けている。中也が大好きだと言う少しカビっぽいような古い本の匂いも、最近では好ましく感じるようになってきた。
「例のおたくに感化されたのか? おまえも物好きだな」
 そう言う石川の言葉はかすかに棘を含んでいたが、彼はおたく嫌いなのだから、理解してもらえなくても仕方ないと諦めている。それよりも、図書室で中也と過ごす時間のほうが大切に思えた。
 よほど図書室が落ち着くのか、放課後になるとカウンター当番でない日も中也の姿はあった。まるで図書室に生息する未知の生物のようだ。カウンターから一番離れた窓際の席が彼の定位置。そこで下校時間がくるまで本を読んでいる。
 一威はそんな彼の姿を眺めながら、神谷たちとおしゃべりをしたり、読みかけの『こころ』を開いてみたりする。中也の気が向けば、彼が傾倒する作家の魅力を語って聞かせてくれることもある。話の内容がマニアック過ぎてついていけないこともしばしばだが、好きな作家や作品について瞳を輝かせながら夢中になって話をする彼の姿が、一威の目には微笑ましく映った。彼が喜ぶのなら、いくらだって聞いてやりたいと思った。女の子とのデート中でさえ、こんな気持ちになったことは一度もなかった。
「ちーっす。中也先輩いる?」
 いつものように図書室の扉を開けると、カウンターで出迎えたのは神谷だった。
「中也はまだだよ」
 そばまで寄ると、一威は神谷が手にしている本をさり気なくチェックする。初対面のときに目にした本のインパクトが強かったせいか、どうも彼がなにを読んでいるのか気になってしまうのだ。ちなみに、今日は『毒草の雑学』だった。
「今日の当番は神谷さんか」
「オレで悪かったな」
 神谷はひがみっぽく言ってから、真顔になって訊いてきた。
「なあ、気になってんだけど、なんで中也は中也先輩でオレは神谷さんなわけ?」
「うーん、交渉の結果?」
 最初、一威は神谷たちと同じく中也を呼び捨てにしていた。けれど中也はそれを嫌がって、名字に「さん」か「先輩」をつけて呼べと言ってきた。しかし、一威が「桐原」なんて呼びにくいと言って粘ったため、結局、間をとって「中也先輩」という呼び方に落ち着いたのだった。
「ねぇ、中也先輩って本当に友だちがいないんだね。今日、理科室に移動するとき教室の前を通ったんだけど、あの人、ひとりで本読んでたよ」
「ああ、あいつはいつもそうだよ」
「もしかしてクラスからハブられてんの?」
「んー、その逆じゃないかな。あいつがクラスメイトを相手にしないんだよ」
 中也は今まで一威のまわりにいなかったタイプの人間だ。これといって趣味のない一威は、楽しみといえば友だちとつるんで街に繰り出すことぐらいだった。自分と似たり寄ったりの友だちの輪の中にいれば、なんとなく安心だった。それでも、時折無性に孤独を感じることがある。大勢の友だちの中にいればいるほど、自分の意識だけが現実から乖離していくような浮遊感に襲われる。
 中也のように趣味を持ち、自分の世界を持っていれば、こんな不安定な気持ちになることはないのかもしれない。むしろ孤独でいたほうが、精神的には楽なのではないか。
 近頃では、そう思うようになった一威だった。
「文学おたくってみんなそう?」
「人それぞれだよ。それから、やっぱり文学おたくっていうのはちょっと違うかも。中也は文学作品だけじゃなく、いろんなジャンルの本を幅広く読むから。強いて言うなら活字依存症。あいつにとって本を読むことは、趣味を通り越して習性になってるんだ」
 神谷は「依存症」という部分になにやら含みを持たせていた。「活字中毒」という言葉は耳にしたことがあったが、あえて「活字依存症」と言った彼の真意を理解するには、一威はまだ中也を知らなすぎた。
「ふうん。あの人とクラス違うのに、仲がいいんだね」
 なんだか妬けてくる。
 けれど、神谷の反応は予想と違っていた。
「そう見えるならおまえの目は節穴だな」
 そういう神谷は、ちょっぴり寂しげに見えた。
「それ、どういう意味?」
「そのまんまだよ。それより課題図書は読み終わったのか?」
「あっ、そうだ。これ返却しなきゃ」
 神谷に言われて思い出した。一威は鞄から『こころ』の文庫本を取り出してカウンターに置いた。
「これよろしく。はは、課題図書だなんて、なんだか小学生の夏休みの宿題みたいだな」
 神谷は文庫本を手に取り、バーコードをコンピューターに読み取らせる。
「はい、オッケー。それにしても、漱石一冊読むのに一週間もかけてて、よく中也に愛想尽かされないな。オレが京極を借りたときなんか、翌日まだ読み終わってないって言ったらすごい厭味を言われたぞ。きさまはあれを読んでる途中でよく寝られたなって」
「京極ってなに?」
 神谷はため息をつき、憐れみの眼差しで一威を見つめる。
「ミステリだよ。そのうちあいつに薦められるから覚悟しときな」
「京極の本ってそんなに怖いの?」
「中身も怖いけどあの見た目がな。きっと大地震がきてもヤツは机の上に直立しているに違いない」
 そう言われても、京極の本を見たことがない一威には、どういう意味なのかさっぱりわからない。
「それが怖いの?」
「怖いね。中也の笑顔くらい怖い」
 中也の笑顔も、一威はまだ一度も見たことがなかった。
「あの人、神谷さんの前では笑うんだ……」
「いや、それはない。想像ができないから怖いんだよ」
「誰が怖いって?」
「うわっ」
 その声に二人とも飛び上がった。すぐそばに中也が立っている。
「びっくりしたぁ。来てたなら声くらいかけろよ」
 神谷の苦し紛れの抗議を、中也は鼻で吹き飛ばした。
「だから今かけたんだ」
 冷ややかに言い放って、中也は中指で眼鏡の位置を直す。
「佐島、今日こそ読み終わってんだろうな」
「はい。お待たせしました」
 いつもの指定席に向かって歩き出した中也のあとを、一威は慌てて追い駆けた。神谷の目には、ぶんぶんとまわる一威の尾っぽが見えているかもしれない。
 それから一威は『こころ』を読んだ感想をひと通り話すよう中也に求められた。一威は怒られるのを承知で、開口一番にこう言った。
「なんだかヘンな小説だね。こんなのが教科書に載ってること自体が不思議だよ」
 けれど、中也は腹を立てるふうでもなく静かに頷いた。
「まあ、読み方によってはそういう意見も出てくるだろうな」
 そう言う中也の心中を探ろうと、一威は彼のきれいな瞳を覗き込む。
「漱石を冒涜するなーとか言わないの?」
「どう読もうが読者の自由だ。読者が十人いれば、読み方も十通りあっていいんだ」
 ちょっと意外だった。一威の中では中也はもっと頑ななイメージだったのに、こと読書に関しては柔軟な考え方を持っているようだ。
 一威は自分の思ったことを恐れずに伝えることにした。
「それから、なんだかバランスおかしいというか、主人公と先生の描写はそれって恋じゃないのってくらい濃ゆいのに、Kと先生の不幸の原因とも言うべき奥さんの描かれ方は浅いというか、実体がないみたいだ。漱石は女の人をダシにして、男同士の話を書きたかっただけなんじゃないの?」
 中也はちょっと驚いた顔をした。
「なんだ、結構ちゃんと読んでたんだな」
 その一言で現金な一威が気をよくしていると、中也はさらに話を続けた。
「おれは常々、ものを書くという行為はマスターベーションに似ていると思ってる。私小説と呼ばれる作品なんかはその最たるものだ。でも、そこがまた読んでておもしろいんだけどな。下手なフィクションよりよっぽどいい」
 この文豪をも恐れぬ大それた発言に、一威はどう返事をしたらいいものか迷った。
 もしかしたら、この男はものすごく人が悪いんじゃないか?
「一週間もかかってたから、いきなり『こころ』じゃちょっとハードルが高かったかなと思ってたんだけど、おまえ意外とセンスいいかもな」
「読書にセンスの良し悪しなんてあるの?」
「あるよ。あくまでおれの主観だけど」
「それはつまり、俺のことを褒めてるの?」
 けれど中也はそれには答えず、今後のことを口にした。
「で、次はどんなの読んでみたい? なにか希望はある?」
「いや、まだよくわからないから、先輩が薦めてくれるのを読むよ。なんだかんだ言っても『こころ』はおもしろかったし」
「だったらいろんなジャンルをひと通り読んでみるか? もちろん、おれの趣味で選んだ本だけど」
「うん、任せるよ」
 一威はほっとした。心のどこかで、この一冊を読み終えたら中也は自分を放り出すのではないかと思っていたのだ。
 中也はお世辞にも人付き合いがいいとは言えないし、まったく本を読んだことのない年下の男を相手にするとも思えなかった。成り行きで中也に頼むことになってしまった読書指南だったが、幸い中也もまんざらでもなさそうだし、一威自身、読書も案外おもしろいものかもしれないと感じ始めていた。
 いや、実のところ、初めて遭遇した自分と真逆のタイプの人間がもたらす新しい刺激に、すっかり夢中になっていた。
 そして、彼の未知の部分を思い知らされる出来事が、この数日後に起こった。





第5話につづく


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うんうん、乗って来ました
やっぱり図書館だより読んでます。
なぞ解きから始まって中也の魅力がどんどんと、伝わって来ます。取り巻く人々も面白い、文学オタクに一威がどう引き込まれていくか楽しみです。ポチ(村かぶれ)
adocyan 2009/01/07 15:32 *edit
うきゃ!
ありがとうございます~。恐縮です~。

>なぞ解きから始まって中也の魅力がどんどんと、伝わって来ます。
↑そ、そうですか? そうだといいな~。
このお話は完全に自分が楽しんで書いただけなので、
ほかの方にも楽しんでいただけるとすっごいうれしいです。
ポチありがとうございます!
朔田圭子 2009/01/07 16:34
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慣れないうちはなにかとご不便を
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何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
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【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


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どうもありがとうございました!


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