忍者ブログ
創作BL小説ブログ
ADMIN | WRITE | RESPONSE
■□ [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「佐島、とうとうおかしくなったか?」
 昼食を食べ終えて、鞄から分厚い本を取り出した一威に、石川が目を丸くした。
「昨日、家で読もうと思ったんだけど寝ちゃってさ」
「そうじゃなくて、なんで本なんか読んでるんだ?」
 しかも、普段読書をしない人間にもわかりやすいエンターテインメント小説ではなく、『小林秀雄集』である。いくら本好きな人間でも、おいそれとは手に取らないであろう難解な書物を、昨日まで図書室の場所すら知らなかった友人が持っているのだから、驚くなというほうが無理である。
「だから、まだ読んでないんだよ。これから読むんだ」
 そう言うと、一威は表紙をめくってまず目次を探した。端から全部読む気などなかった。
「ドストエフスキイ、ランボオ、モオツァルト、セザンヌ……外人の名前ばっかりだな」
 どうやら著名人についての評論を集めたものらしい。目次の文字を指で辿りながら、ヒントになりそうな名前を探していく。ページをめくると、やっと日本人の名前が出てきた。
「横光、谷崎、菊地、中原……中原?」
 向かい側から、石川が不思議そうに覗き込んでくる。
「中原中也がどうかしたのか?」
「中原か。なんだ、もうわかっちゃった」
「なにがわかったんだ?」
 一威は本を閉じて立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
「どこへ?」
 呆気にとられている石川を残して廊下に飛び出す。小脇に『小林秀雄集』を抱え、中庭を突っ切って本館を目指した。
「ちーっす」
 重厚な扉を押し開けて図書室へ入ると、中原がのんびりとした声で迎えた。
「いらっしゃい」
 どうやら陰険眼鏡はいないらしい。一威はほっとしたような残念なような気持ちで、カウンターの中でパソコンに向かっている中原に歩み寄った。
「大林秀雄の正体がわかったよ」
 その言葉に、中原がモニターから顔を上げる。
「え、もう? 早かったね」
「まあね」
 ちょっと得意気だ。
「で、正体は誰だった?」
 一威は中原の顔の前に人差し指を突き出した。
「ずばり、あんただ」
「俺?」
 中原は一瞬きょとんとした顔になり、それから声をあげて笑い出した。
「なんで笑うんだよ」
「ごめん、ごめん。そうか、最初に言っておけばよかったね。大林秀雄は図書委員の生徒だよ。俺じゃない」
「ええー」
 一威はがくりと肩を落とし、そのまま踵を返した。
「え、もう帰っちゃうの? ゆっくりしていけばいいのに」
「また出直すよ」
「でも、いいセンはいってるよ」
 中原の慰めの言葉を背中に聞きながら、一威は図書室を出た。元来た道をとぼとぼと歩く。陰険眼鏡の嘲笑う顔が目に浮かんだ。
「あいつがいなくてよかった」
 教室に戻ると、石川が好奇心に満ちた表情で出迎えた。
「おかえり。早かったな」
「ああ」
 自分の机に本を置き、ため息とともに椅子に腰を下ろす。
「で、結局この本はなんなの?」
 一威は仕方なく、この本を手にするまでの経緯を話して聞かせた。石川は頬杖をつきながら『小林秀雄集』をぱらぱらとめくっている。
「佐島はさ、なんでそんなに大林秀雄の正体が知りたいの?」
 なんでと訊かれても、今こうして説明していて、なぜここまでむきになっているのか自分でも不思議に感じていたところなのだ。
「うーん、正体を知りたいというより、あの陰険眼鏡をぎゃふんと言わせたい……みたいな?」
「言うかなぁ、今どきぎゃふんなんて」
「じゃあ、参りましたでもいいや」
 『小林秀雄集』の目次を眺めていた石川が、なにげなく指摘する。
「でもさ、図書委員全員の名前を知ってなきゃ、いくらヒントがあったって正体はわからないんじゃないか?」
「あ……」
 二人は顔を見合わせた。
「きみは今、とてもいいことを言った」
「っていうか、それくらい気づけよ」


 放課後になるのを待って、一威は本日二度目となる図書室詣でに向かった。
  相変わらず客足はまばらだった。ぱっと見、あの陰険眼鏡もいないようだ。
  一威はカウンターの前に立ち、見知らぬ生徒に声をかける。
「ねえ、あんた図書委員?」
 あんたと呼ばれた生徒は、不機嫌そうに読みかけの本から顔を上げた。
「そうだけど」
「名前なんていうの?」
 生徒は再び本に視線を落とした。
「他人に名前を訊く前に、自分から名乗れば」
「ああ、俺は佐島一威。で、あんたは?」
 パタン。
  本を閉じる音が室内に響いた。その本の表紙には『斬首の美学』とあった。外見が優等生っぽく見えるだけに、余計に彼の人間性が疑わしい。
「あのな、おまえ一年だろ? オレは二年だ」
「あなたの名前を教えてください」
 間髪入れずに言い直すと、一威はにっこりと微笑んだ。相手は怯んだのか、それともばからしくなったのか、今度はすんなり答えてくれた。
「神谷基記」
「ちっ、やっぱ違うか。ねえ、中原さんは?」
 態度が元に戻った一威に、神谷は出かかった言葉を呑み込むようにしてから言った。
「ちょっと待ってろ」
 神谷は立ち上がり、奥の司書室のドアをノックした。
「中原さん、お客だよ」
「へーい」
 間もなく、欠伸をしながら中原が出てきた。
「おや、またきみか」
「ねえ、ここの図書委員はみんなこんなに愛想がないの?」
 中原は困ったように笑った。
「うーん、相手にもよるんじゃないかな」
 すぐに中原の言いたいことがわかった。
「じゃあ、しょーがねえな」
  すかさず神谷が突っ込みを入れる。
「しょうがねえのかよ」
「そんなことよりさ、図書委員の名簿とかない? 全員の名前がわかるやつ」
 中原はにやりと笑った。一威の狙いがわかっているようだった。
「悪いけど、止められてるんだよね。これ以上きみにヒントを与えるなって」
「そんなあ。図書委員の名前がわからなきゃ正体を見つけるのは無理だよ」
 神谷が意地の悪い顔で口を挟む。
「毎日ここに通えば、図書委員全員に会えるんじゃない?」
「えー」
「いいね。そしたら常連客を一人増やせる」
 中原はとくに客を増やしたいわけでもなさそうに暢気に言うと、一威を神谷に任せて司書室へ戻っていった。
「で、誰を捜してるんだ?」
 神谷が訊ねたそのとき、一威の背後で扉の開く音がした。
  神谷の顔に笑顔が浮かぶ。
「あ、中也。注文してた本入ってたよ」
 神谷が呼んだその名前にはっとする。
「チュウヤ?」
 中原中也と同じ名前だ。
 一威はゆっくりと後ろを振り返った。
 そこに立っていたのは、なんとあの陰険眼鏡だった。
 彼は一威の顔を見て、しまった、という顔をした。けれどそれは一瞬のことで、すぐにあのふてぶてしい顔に戻る。その表情の変化がすべてを語っていた。
「あんただったのか、大林秀雄って」
 問いかける一威に見向きもせず、彼はカウンターに歩み寄り、一威の隣に並んだ。
「神谷、その本もう受け入れ終わってるの?」
 中也は一威に横顔を向けたまま、神谷に話しかけた。
「終わってる。もう貸し出せるよ」
「じゃあ頼む」
 中也は自分の図書カードを提示すると、神谷の作業を黙って見ている。あくまでも一威の存在を無視するつもりのようだ。
 一威はカウンターに凭れながら中也の顔を覗き込む。
「ねえ、なんで無視するの?」
 すると、一威の顔をちらとも見ずに言い捨てる。
「正解だ。これでもう用は済んだだろ」
 神谷から本を受け取ると、中也は閲覧スペースへ歩き出した。
「え、ちょっと……」
 一威の声に振り向きもしない。
 中也の背中を見つめながら、ひとり呟く。
「あれはどういう戦法なんだろう」
「うーん、あいつは旋毛が二つあるからねぇ」
 自分の独り言に答えてくれた神谷が、途端にいい人に見えてくる。
「やっぱ石川の言うとおりかも。相当性格が捻じ曲がってるか、文学おたくだって」
 神谷は愉快そうに笑った。
「それ、どっちも当たってるよ」
 一威はカウンターに乗り出して神谷に詰め寄った。
「もしかして名字も中原なの?」
「まさか。あいつは桐原っていうんだ」
「桐原中也か。あの人も二年?」
「そうだよ」
 それを聞いてカウンターに突っ伏す。
「なんだ。偉そうだから三年かと思った」
 あの態度のでかさといい、口の悪さといい、絶対に一年生ではないと踏んではいたが、ひとつ学年が違うだけで、これほど虐げられるとは思わなかった。
「どっちにしろおまえよりは年上だよ」
 がばっと顔を上げ、一威は不敵に微笑んだ。
「大丈夫。俺、年上と付き合ったこともあるから」
「どう大丈夫なんだよ」
 神谷の突っ込みを聞き流して、一威は中也のところへ向かった。彼は一番奥の大机の窓際の席に座って、入荷したばかりの本を開いている。読書に没頭している中也は、気配を消して忍び寄る一威に気づいていない。驚かしてやろうと思って近づいた一威だったが、中也があまりにも本に夢中なので、途中で気が変わった。読書の邪魔をしないよう、斜め向かいの席に静かに腰を下ろす。
 中也は相変わらず本の世界にトリップ中で、すぐそばに一威がいることに気がつかない。
 すごい集中力だな。
 一威は感心しながら中也の様子を窺った。
 左手で頬杖をつき、俯き加減で本と向き合う姿は、周囲の雑音から自分を切り離そうとしているように見える。少し癖のある柔らかそうな前髪の隙間に、冷たい色の眼鏡のフレームが覗く。その奥に白く薄い瞼。黒い睫毛が目の下に影を落としている。爬虫類を思わせる肉づきの薄い滑らかな肌は、まるで体温がないようだ。加えて唇の薄さが一層酷薄そうな印象を与えているが、きれいな顔と言えないこともない。さらに言えば、それは一威の好みの顔だった。
 よからぬ思念が伝わったのか、不意に中也が顔を上げた。
「なっ、なにしてんだ」
 驚きと戸惑いが綯い交ぜになったような表情。
「あんたを見てたんだ」
 すると、中也の頬が紅を掃いたように赤く染まった。その意外な反応が、思いのほかかわいかった。
「すごい集中力だね。俺がここに座っても全然気づかないし。本当に本が好きなんだな。なんかこう、自分の世界を持ってるって感じ?」
「な、なに言ってんだ」
「そういうのってちょっと羨ましいよ」
 こういうガードの堅そうなタイプは、案外他人から寄せられる好意に弱いものなのかもしれない。表情には出ないが、中也の態度がわずかに軟化する。
「……おまえにも、なにかあるだろう」
「ないよ。俺はからっぽで退屈な人間」
「だったら本を読め」
「あはは、言うと思った。そうだな。趣味は読書ですって言えたら、少しは中身のある人間に見えるかな。で、なにを読んだらいい?」
 中也の眉がひくりと動いた。
「おまえは『図書室だより』を読んだんじゃないのか?」
「あ、」
 聞かなくても答えがわかってしまった。
「まずは漱石の『こころ』だ」





※10月9日訂正版


第4話につづく


にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
     
ランキングに参加しています。
お気に召しましたらポチッとお願いします。
1日1回のみカウントされます。
PR
■□ COMMENT
HN:
TITLE:
COLOR:
MAIL:
URL:  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT:
PASS:
■□ TRACKBACK
トラックバックURL:


■□ INFORMATION

【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

■□ COMMENTS
▼コメントありがとうございました!
[05/27 朔田]
[05/21 ままたみ]
[05/12 朔田]
[05/11 須和]
[05/11 ままたみ]
[05/10 須和]
[05/10 東風]
■□ PROFILE
管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
■□ RANKING
▼ランキングに参加しています。お気に召しましたらポチッとしていただけると大変励みになります。    ※こちらは別窓が開きます。
にほんブログ村小説ブログBL小説ランキング    カテゴリ別オンライン小説ランキング

にほんブログ村トラコミュ[メガネくん萌え]
▲管理人をしています。メガネくん好きの方はぜひご参加ください♪
■□ SEARCH
忍者ブログ [PR]