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創作BL小説ブログ
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 放課後、一威は中庭で箒を握っていた。部活に向かう生徒も帰宅する生徒も、皆一様に好奇の目を一威へ向けながら通り過ぎていく。
「ほら、しっかり掃除しろよ。真面目にやらんと反省文も追加するぞ」
 ベンチでふんぞり返っている担任の平岡が、時折からかうように声をかけてくる。生物が担当の彼は、放課後になっても白衣を着たままだ。
「ヒマなら先生も手伝ってよ」
「暇じゃない。おまえが逃げ出さないように監視しながら、明日の授業のプランを練っているんだ」
 白衣を脱いだらただのやさぐれた中年男にしか見えない平岡の口から「授業のプランを」とか言われても説得力がない。それでも一応は教師なので、言われたとおりに黙々と散乱した大量の紙片を箒で掻き集めた。灰色のアスファルトの上に、次第に白い小山が出現する。
 ふと校舎を見上げると、窓からも生徒たちが見物している。コの字型の校舎から一斉に見下ろされるのは、なかなかのプレッシャーだ。
「みんな見てるよ」
「ここは一応都内でも進学校の部類に入るからな。バカが珍しいんだろ。ああ、おまえは写真審査で合格したんだっけ?」
 大真面目に言う平岡に、一威も箒を握る手を止めて真面目な顔で応える。
「いや、このナイスバディーで面接官を誘惑したんだ。センセーも味見してみる?」
 平岡はため息をついた。
「おまえさ、中学ではバスケをやってたんだろう? こんなバカなことやってないで、クラブにでも入ったらどうだ?」
 あまり歓迎しない話題だ。一威は再び手を動かし、別の場所に新たに紙片の山を作り始めた。
「うーん、クラブねぇ。俺、体育会系のノリが苦手なんだよね」
 チームプレーに向かないとか、根性がないとかいう以前に、誰かと競い合うのが好きではなかった。競争がなければいいかと思い、顔と声がいいからという理由で誘われた友だちの兄貴のバンドでボーカルをやったこともあったが、人前で歌うことには抵抗があったし、バンド内の自己愛にまみれた幼稚な人間関係にも馴染めなかった。
「なにか好きなこととかやりたいことはないのか?」
「あったらこんなことしてないよね」
 他人事のように言いながら、離れたところに落ちている紙片に箒を伸ばす。
 そのとき、チェック柄のスラックスが一威の視界の隅を過ぎった。その脚はせっかく築いた紙片の山を躊躇なく踏んでいった。
 普段の一威なら、こんなことぐらいで文句を言ったりはしない。平岡が余計な話題を持ち出して一威のコンプレックスを刺激したため、心に余裕をなくしていたのかもしれない。
「ちょっとあんた、そこ踏まないでくれる?」
 怒っているのかお願いしているのかわかりにくいテンションで呼び止めると、彼は立ち止まって一威を振り返った。
「なに」
 細いチタンフレームの眼鏡越しに、眦の切れ上がった奥二重の目が睨みつけてくる。その目力の強さに思わず怯んでしまう。
「あ……いや……」
 すると彼は、何事もなかったかのように本館のほうへ去っていった。その後姿を見送る一威の背後で、平岡の忍び笑いが聞こえる。
「おまえでもビビったりするんだな」
 一威は憮然と言った。
「笑ってろよ、エセ教師」


 掃除を終えると、すでに西日が赤みを帯びていた。少し考えてから、一威は図書室に向かった。……といっても図書室の位置がわからないので、まずは敷地の北西の角に建つ本館の来賓用エントランスを目指した。そこの案内板で校舎の見取り図を確認してから、そのまま本館の階段を上がっていく。
 都内の一等地に建つこの春陽学園の校舎は、職員室や校長室、図書室、事務室、医務室などが入っている本館と、その他の特別教室と通常の教室が入っているAからCまでのクラス棟からなっていて、それぞれ建てられた年代が異なる。増築のたびに建物の高さ制限が厳しくなっていき、校舎は段々と上から押し潰されて階段のようになってしまった。
 おかげで東側の一番新しいC棟の三階から、北側のB棟を抜けて一番古い本館に入ると、なぜかそこは二階という不思議な構造になっている。生徒たちはそれを本館マジックと呼ぶ。本館の二階から西側のA棟へ行くとなるとさらに複雑だ。手っ取り早く一階に下りて中庭を突っ切るほうが簡単なので、雨が降らないかぎり、大抵の生徒は中庭を行き来している。
 本館部分はここが学校になる前からそこにあった建物らしく、ほかの棟とは趣きがまったく異なる。別次元といってもいいくらいだ。廊下や階段にはボルドー色の絨毯が敷き詰められており、各部屋に古めかしい木製の扉がついている。階段の明り取りの窓は色鮮やかなステンドグラスになっていて、天井から吊るされたランプシェードも一見して年代物とわかる。校舎というより、お屋敷と呼ぶに相応しい重厚かつ瀟洒な造りの建物だった。
 ボルドー色の絨毯を踏みしめて、昼間なのに薄暗い廊下を進むと、目の前に大きな両開きの扉が現れた。そこには植物をモチーフにしたアールヌーボー調の彫刻が施されており、クラス棟の中にある特別教室とはあきらかに格が違う。どこにも「図書室」とは書いてないが、案内板の見取り図からすると図書室はここ以外には考えられない。一威は期待半分、不安半分でその重い扉に手をかけた。
「うわ」
 思わず声が出てしまった。広さといい、天井の高さといい、造りといい、まるで古い探偵ものかなにかの映画のセットのようで、とても学校の中の施設とは思えない。
 ずり落ちそうになっていた鞄を肩に掛け直し、一威はあたりを見まわしながらゆっくりと奥へ進んでいく。
 正面の北側の壁一面には、細い格子が嵌った天井まで届く窓が等間隔に並び、そこから間接照明のような柔らかな光が差し込んでいる。窓と同じように格子が嵌められた天井には、その升のひとつひとつに植物の図柄が描かれている。部屋の南側を占める書架スペースは二階造りになっていて、上下とも同じく壁と垂直に書架が並んでいる。二階へ上がる階段の手摺には、これまた植物をモチーフにした優美な彫刻が施されていた。
 よく見れば、書架から閲覧用の大机、受付カウンター、階段の手摺、窓の格子に至るまで、すべて木目の美しい深い飴色の木材でできている。深呼吸をすると、豊かな木の香りと古い紙の少しカビっぽい匂いが一威の肺を満たした。
 現在が平成の世であることを忘れてしまいそうなこんな空間が、毎日通っているこの学園の中に存在することが、一威には不思議だった。けれど、嫌いではない。
 部屋の造りには驚かされたが、客足の少なさは予想通りだった。閲覧用の大机に数人と、受付カウンターの中にひとり生徒の姿があるだけだ。一威は学園のエンブレムの刺繍が施されたブレザーの胸ポケットから、小さく折り畳んだ『図書室だより』を取り出し、大股でカウンターに向かった。
「ねえ、きみ図書委員?」
 声をかけると、椅子に座ってハードカバーの分厚い本を読んでいた生徒が顔を上げた。その眼鏡の顔に見覚えがあった一威は、思わず大声をあげてしまった。
「あーっ、あんた、さっきの」
 彼の眉間に深い縦じわが刻まれる。
「うるさい、黙れ。ここは図書室だ」
「あ、ごめん」
 素直に謝ると、彼は納得したように再び本に視線を落とした。
「いや、だから、あの……」
 一威が立ち去らないとわかって、面倒臭そうに応じる。
「なんか用か」
 この人、カウンター業務に向いてないよ。
 心の中でぼやきながらも、顔だけは笑顔を繕う。カウンターに『図書室だより』を広げて、今月のお薦め本のコーナーを指で指し示した。
「これを書いてる大林秀雄っていう人を知ってる?」
「……そんなこと訊いてどうする」
「べつにどうもしないけど、ただちょっとどんな人なのかなーと思って」
 しばしの沈黙のあと、彼は億劫そうに口を開いた。
「大林秀雄なんて人間はいない。それはペンネームだ」
「だったらその人の本名を教えてよ」
 一威の期待に反して、彼は侮蔑するように吐き捨てた。
「自分で調べろ」
「は?」
 一威は言葉を失くした。彼がここまで険悪な態度をとる意味がわからなかった。ほぼ初対面の他人に対して、しかも図書室の利用客に対して、なぜこんな仕打ちができるのか理解に苦しむ。べつにここで諦めてもよかったのだが、さっきの中庭でのことといい、今といい、彼の態度には腹に据えかねるものがある。いくら大抵のことは受け流す一威でも、「ああ、そうですか」と引き下がる気には到底なれなかった。
「どうやって? 調べようがないじゃん」
 なんとか気持ちを立て直してこの仏頂面の図書委員に問いかけたとき、カウンターの奥に並んだ二つの扉の片方から、背の高い男が出てきた。一瞬、教師かとも思ったが、どうもそんな雰囲気ではないし、眼鏡をかけていても真面目そうには見えない。栗色の無造作ヘアと、ワイシャツの胸ポケットにだらしなく突っ込まれたネクタイが、この男の立場の気楽さを物語っている。
 男がカウンターに張り付いている一威に気づいた。
「いらっしゃい」
「あんたは?」
「ここで司書をやっている中原佳人です」)
「司書?」
 中原と名乗った男は、長くて形のいい指で眼鏡の位置を直した。そのしぐさがさまになっていて、いかにも大人な感じがした。
「平たく説明すると、本の管理をしたり、お客さんが探してる本を見つけたりする仕事。図書室でわからないことがあったらなんでも訊いてくれ」
 なんでも? なんでもいいのか?
「じゃあ、大林秀雄っていう人知ってますか?」
 中原は怪訝そうな顔をした。
「大林って、それは……」
「だから、会いたきゃ自分で捜せよ」
 中原の言葉を遮って、陰険で小さいほうの眼鏡が口を挟んできた。ここのボスである中原の前でも、少しも態度を変えない彼に呆れる。
「ねえ、聞いた? この人さっきからこんなだよ。こんなの受付に置いといて大丈夫なの?」
 中原は苦笑した。
「ごめん、ごめん。じゃあ、ヒントをやろう。B‐6の棚を探してごらん。そこに手掛かりがあるよ」
「B‐6?」
「二階の一番奥。全集が並んでる棚だよ」
 一威は中原に礼を言って、二階の一番奥の書架を目指した。中原の言うとおり、そこには大きくて分厚い全集がたくさん並んでいた。一口に手掛かりといっても、このペンネームとどう関係しているのかわからないので、とりあえず大林秀雄という名前を探すことにした。
「大林、大林」
 ア行の芥川から順に背表紙を辿っていく。しかし、オの並びに大林なんて名前はなかった。一威はもう一度最初から背表紙のタイトルを目で追っていく。今度はア行が終わってもそのまま探し続けた。すると、すぐに引っかかる名前を見つけた。
「小林秀雄? 一文字違いだ。もしかしてこれかな」
 一威は『小林秀雄集』と書かれた本を取り出してカウンターに戻った。
「ねえ、ヒントってこれ?」
 持ってきた本を中原の前に差し出した。すると中原は出来の悪い生徒を励ます教師のように微笑んだ。
「うん、正解だよ」
「でもこれじゃあ、小林秀雄の名前を一字変えてペンネームにしたってことしかわからないよ」
「バカでもそれくらいはわかるんだな」
 中原の隣で読みかけの本を開いていた陰険眼鏡が、ぼそりと呟いた。
 一威の頬が引きつる。
「聞こえてるんだけど」
「聞こえるように言ったんだ」
「カーッ、この人なに様?」
「まあまあ」
 一威を宥めるように、中原が間を割って入ってきた。
「じゃあ、この大林くんはどうして小林秀雄からペンネームをとったんだと思う?」
 まだ興奮が収まらない一威は、内心で「そんなこと知るかーっ」と叫びつつ、当てずっぽうに答える。
「小林秀雄が好きだから?」
「それこそここで手掛かりが途切れちゃうじゃないか。この本の中身を読んでごらん」
 一威は本をぱらぱらとめくってみた。ものすごく細かい活字が二段組になっている。
「げっ、これを? 無理だよ」
 そこへ陰険眼鏡が再び口を挟んできた。
「そうだよ。こいつには無理だよ、中原さん。こんな、まったく本を読まないようなヤツ」
 ずばり言い当てられてしまった驚きと気まずさで声が揺らぐ。
「な、なんでわかったんだよ」
「わからいでか」
 なにか言い返そうと思ったとき、中原が一威の名前を訊ねてきた。
「ところできみ、名前は?」
「……佐島一威」
「じゃあ、佐島くん。きみの図書カードを作るから、この用紙に必要事項を記入してくれる?」
「えっ、俺この本借りて帰るの?」
 図書カードを作るということは、おそらくそういうことだろう。
「残念ながら今日はもう閉館の時間なんだ。家でゆっくり読みなよ」
 背筋がぞっとした。
「いや、遠慮します」
「そんなこと言わずに、はい、ここに名前と学年クラスを書いて」
 一威に反論の隙を与えず、中原はてきぱきと登録作業を進める。半ば強引に押し切られ、一威は渋々『小林秀雄集』を自分の鞄にしまった。そして読書に没頭している陰険眼鏡に一瞥をくれ、一威は図書室をあとにした。
 人気のない廊下に出ると、一威は運動をしたわけでもないのに身体が熱くなっていることに気づいた。こんなことは久しぶりだった。
「あの眼鏡二人組のせいで熱くなっちまったぜ」
 それでも悪い気分ではなかった。






第3話につづく


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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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