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「天藍……って?」
 春藍の表情が強張った。冷たいお茶の入ったグラスを持つ彼女の手が震え、カラン、と氷が鳴った。
「母さんも本当は知ってるんじゃないの?」
 先日のレース結果の報告を手短に済ませると、宵藍は天藍の話を切り出した。宵藍は最初からそのつもりで帰省したのだ。
 宵藍はレーシングジャージの背中のポケットからあのフォトグラフを取り出し、テーブルの上に置いた。
「おれがアマチュアのレースで初めて優勝したとき、誰かが送りつけてきたんだ」
 春藍が息を呑んだ。
「それは……」
 見る見る顔が青ざめていく。あきらかになにかを知っている様子だ。知っていて、あえて宵藍に隠していたのだ。
 けれど、宵藍の中に春藍に対する怒りはない。春藍がなにを危惧して黙っていたのかを、春藍の母心を理解しているからだ。
 このフォトグラフを手にし、実の母親と双子の弟がシン・シティにいる可能性に気づいたとき、宵藍はすぐにでも壁を越えようと考えた。しかし壁越え――正確には壁抜け――は重罪だ。もしも治安維持局に捕まったら、犯罪者の烙印を押され、死ぬまで監視されることになる。そうなったらもう二度と壁を越えることはできない。
 それならば正攻法でいこうと考えた。プロのロードレーサーになり、個人総合ランキングでトップに立って、シン・シティGPの招待選手として正々堂々と壁を越えてやろうと心に誓った。
「もうおれは子どもじゃない。なにを聞いたってバカな真似はしないよ。だから、本当のことを教えて。海藍……いや、おれたちになにがあったのかを」
 春藍は目を閉じて黙っていた。長いことそうしていた。
 宵藍は辛抱強く待った。
 深いため息のあと、春藍は諦めたように言った。
「……わかったわ」
 宵藍の顔がぱっと輝いた。
「ありがとう、母さん」
「私もすべてを知っているわけじゃないのよ。でも、兄さんから聞いたことは全部話すわ」
 そう前置きをしてから、春藍は静かに語り始めた。
 ロードレーサーのトップに登りつめた海藍は、シン・シティGPに招待選手として出場した。そこでも海藍は驚異的な強さを見せ、見事に優勝を果たした。シン・シティの最強チーム〈シリウス〉は、即座に海藍をエースとして迎え入れた。チームの計らいで市内に居を構えた海藍は、アイオーンの娘・東雲(しののめ)と出会い、恋に堕ちた。そして1年後、2人の間に双子の男児が誕生した。
「それがあなたと天藍よ」
 宵藍は慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待ってよ。するとおれはアイオーンの血を引いているということ?」
 そう訊きながらも、宵藍にはまったく実感が湧いてこない。
 アオギリも宵藍の隣で言葉を失くしている。
 春藍は手元のグラスに視線を落とし、神妙に答えた。
「そういうことになるわね」
 シン・シティの事情に明るくない春藍でも、事の重大さはなんとなくわかっているらしい。
 けれど、宵藍にとっては初めて耳にした話だ。あまりにも現実離れしていて、事態がうまく呑み込めない。
 春藍は痛ましげに眉根を寄せた。
「あなたたちが普通にNシティに生まれていたら、きっとあんなことにはならなかったわ」
 宵藍の代わりにアオギリが訊ねた。
「そのあと、宵藍たちになにがあったんですか?」
 春藍は心配そうに宵藍の様子を窺ってから、アオギリに向かって答えた。
「医局が、まだ入院中だった東雲から子どもたちを取り上げてしまったの。どうやら宵藍たちをいろんな検査にかけて、なにかを調べていたみたいだと兄は言っていたわ」
 このままでは本当に子どもたちを奪われてしまう。
 危機感を抱いた東雲と海藍は、授乳の時間に監視員の隙を衝き、子どもたちを抱いて施設を抜け出した。しかしすぐに追手がかかり、東雲と天藍は施設に連れ戻されてしまった。
 そして命からがら逃げ延びた海藍は、宵藍とともに壁を越え、Nシティに戻ってきた。
「それからは宵藍の知る生活よ」
 そう言って春藍は話を締め括った。
 再び沈黙が降りる。
 宵藍には、この春藍の告白を自分なりに租借するための時間が必要だった。
 春藍が嘘を言っているとは思わない。もちろん海藍も。
 しかし、これがすべて事実だとして、果たして自分にどんな影響があるのか、宵藍には検討もつかない。
 しばらくして、この重い空気を払ったのはアオギリだった。
「それにしても、シン・シティの医局はなぜNシティに逃げた海藍を追わなかったのだろう。アイオーンの力があれば簡単なことじゃないか」
 そう、海藍は身を潜めていたわけではなく、レースに出ていたのだ。その気になれば、親子を見つけて連れ戻すことなどわけないだろう。
 それに、協力者がいなければ、子どもを連れて警備の厳重な壁を越えるのは不可能だ。中に海藍に手を貸した人物がいるはずである。
「どういうこと?」
 春藍が訊ねた。
「海藍と宵藍の逃亡は、最初から仕組まれていた可能性があるということです」
「えっ……」
 春藍は言葉を失くした。
 宵藍もショックを受ける。
 しかし、アオギリはさらに続けた。
「もしかしたら、海藍と東雲が出会ったのも……」
 宵藍は自分の血の気が引いていくのを感じた。
「それも計画どおりだったって言うのか? 一体誰が?」
 アオギリは答えなかった。
 けれど、宵藍にはわかっていた。
 アイオーン。
 彼なら医局に手をまわすくらい簡単だろう。しかも、ターゲットはロードレーサーと自分の娘なのだ。その2人の間に生まれた、いわば自分の孫を利用してなにかを企てているとしたら、それを阻止できる者はシン・シティにはいない。
「天藍と東雲は大丈夫かしら……」
 春藍がぽつりと言った。
 天藍は〈シリウス〉で走っている。走らせるだけなら、わざわざ両親から引き離す必要はないはずだ。医局はなにを研究しようとしていたのだろうか。あるいは、現在も天藍を利用して研究を続けているのだろうか。
 途端に宵藍も不安に駆られる。
 天藍と東雲に会って無事を確かめたい。
 宵藍の心の内を察したのか、アオギリの青い瞳が労わるように見つめてくる。
「医局だって迂闊なことはしないはずだ。天藍がレースで表彰台に上がり続けているうちは大丈夫だろう」
「……うん」
 宵藍は自分に言い聞かせた。
 天藍はあの海藍の血を引く子どもだ。
 きっと大丈夫だ。


 宵藍とアオギリは、今度はゆっくり遊びにくるから、と春藍に約束して家を出た。計画どおり2人は北に進路をとったが、しばらく走ったところで、アオギリが気遣わしげな声をかけてきた。
「顔色が悪いな。やっぱり今日はこのまま宿舎に戻ろう」
 今頃になって、宵藍は自分にアイオーンの血が流れていることの重大さを感じ始めていた。
 けれど宵藍は首を横に振った。
「大丈夫だ。それに……走ってるほうが気が紛れる」
「……そうか」
 それきり2人は言葉も交わさず、ひたすらペダルを踏んだ。山から吹き降ろす冷涼な風に吹かれるうちに、宵藍もだいぶ平静を取り戻していた。
 前を走るアオギリが、時折、宵藍を振り返る。
 宵藍はそれに笑顔で答える。
 それだけで充分だった。バイクを駆る2人の間に、言葉は必要ない。
 目前に山が迫ってくると、2人は登坂に入る前に高カロリーの補給食を食べた。もちろん走りながらだ。走行中の栄養補給はすべてこの補給食でまかなう。うっかり忘れてハンガーノック――低血糖状態に陥って身体が動かなくなったら厄介だ。
 レースの山岳コースでは、峠の頂上ごとにポイントが設定されていて、その峠を1位で通過した者に山岳ポイントが加算される。山岳コースは頂上までの勾配や距離などの難易度によってS、A、B、C、Dの五段階にカテゴライズされており、そのカテゴリーによってポイントも異なる。
 細身で軽量の宵藍は山岳コースにも強かったが、クライマーのハイタカには敵わない。山岳ポイントの総得点数はハイタカのほうが上まわっている。勝負どころではハイタカが宵藍を引いて上ることもしばしばだ。
 宵藍はアオギリの背中に呼びかける。
「アオギリ、ケイデンス50でシッティングダッシュ」
 それはエスケープやアタックの際にパワーロスを少なくするための高トルクトレーニングだ。ケイデンスを50回転に保てる程度の重いギアで、サドルに腰を下ろしたまま10分間ダッシュする。その後、10分間のイージーライディングを設ける。宵藍はいつもこのセットを数回繰り返す。
 なにがなんでもシン・シティに入らなければならない。
 その思いを一層強くした宵藍には、たとえ調整日の慣らし走行であっても、無駄な走りをしている猶予はなかった。
 峠を上りきると、すぐに下りに入る。風が汗を冷やして体温を奪うため、宵藍はジャージのジッパーを首元まできっちり上げて、アイウェアで風圧から目を保護する。
 バイクは見る見る加速し、あっという間に時速80キロメートルに達する。宵藍は上体を下げ、ノーブレーキでカーブに挑んでいった。 





第7話につづく                                       にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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