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気づいたときには、アオギリの姿がなかった。一瞬、心細くなる。
 まさかもう朝になってしまったのかと慌てたが、そんなことはなかった。窓の外はまだ夜だ。宵藍はほっと胸を撫で下ろす。
 そのとき、アオギリがミネラルウォーターの瓶を持って戻ってきた。
 ミネラルウォーターはNシティでは高価なものだ。広大な土地が、前時代の人々の迷惑な置き土産である放射能や酸に汚染されている。飲料用として安全な水源を確保するのは難しい。一般市民は皆、雨水や排水を浄化して生活用水にするためにどんな薬品が使用されているかわからない水を飲んでいる。
 アオギリは薄っすらと青みがかった細い瓶を、宵藍に差し出した。
 宵藍はベッドに座り直してそれを受け取ると、キャップを開けながら訊ねる。
「おれ、もしかしてまた寝ちゃってた?」
「寝たといっても、ほんの数分だ」
 申し訳ないような、恥ずかしいような気分を誤魔化すように、宵藍は一気にミネラルウォーターを喉に流し込んだ。
 いったん口をつけると、自分の身体がどれだけ水分を欲していたかを知る。ごくりと喉を鳴らしながら飲み干すと、自分を見つめるアオギリの視線に気づいた。
 アオギリの青い瞳は、どういう加減によってか時折虹彩が銀色に輝く。その神秘的な瞳に、宵藍は強く惹きつけられる。思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて意識を引き戻した。
「なに?」
 少し間があってから、アオギリは重い口を開いた。
「湖緑のところで、なんの話をしていた?」
 不意を衝かれ、宵藍は動揺する。
「な、なんでそんなこと訊くの?」
「マッサージのあと広間に入ってきたとき、おまえ、変な顔をしてたから」
 一見、他人のことには無頓着そうに見えるアオギリが垣間見せた細やかさが、宵藍には意外だった。
 いや、違う。アオギリはいつだっておれを気にかけてくれている。いつだっておれにやさしい。
 そう思っても、素直に感謝できるほど宵藍は大人ではなかった。
「気になる? おれがエースだから? エースのお守りも大変だね」
「そんなことは言ってない。話したくないなら話さなくていい」
 滅多に怒らないアオギリの突き放した口調が、一瞬にして宵藍の心臓を竦ませた。思わずアオギリのシャツの裾を掴む。
「ごめん。怒らないで」
 アオギリが驚いた表情で宵藍を見下ろす。それから、呆れたように微笑んだ。
「おまえは意地っ張りなのか脆いのかわからないな」
 宵藍は思わず顔を赤らめた。
「こんなの、あんたの前でだけだよ。外ではちゃんといい子を演じてるだろ?」
 外では爽やかなヒーローを装い、チーム内では強気なエースを演じている宵藍が本当の自分を出せるのは、自室に戻ったときだけだ。同室のアオギリだけが、21歳の宵藍の素顔を知っている。
「ああ、おまえはいい子だよ。今日の勝利インタビューでは危なかったけどな」
「だってあれは、あのおしゃべり男が……」
 と言いかけて口を噤んだ。いまさら蒸し返したくない話題だった。
 アオギリはデスクの椅子を引き寄せて、背凭れを抱えるようにして座った。
「もう気にするな。俺とおまえが了解していればいいことだ。それより、湖緑になにか言われたんじゃないのか?」
 宵藍は細く息を吸い込んだ。
「アオギリには前に少し話しただろ? おれには捜してる人がいるって」
「ああ、もしかしたらシン・シティにいるかもしれないっていう?」
 けれど、アオギリに話してあるのはそこまでだ。
「うん。彼の居場所がわかったんだ。いや、いるとしたらシン・シティしかないって思ってた。でも、本当にそこにいるのかどうかなんて確かめようがなかったし……」
 シン・シティは人間や物資、情報の出入りを厳重に管理している。実際にシン・シティに入れるのは一部の特権階級のみだ。よってNシティの人間は、シン・シティは科学が高度に発展した豊かで清潔な理想都市だという幻想を植えつけられているだけ、という可能性も否定できない。壁を越えないかぎり、シン・シティの実態を知るすべはないのだ。
「それが確認できたのか?」
「うん。湖緑が2年前に見てた。そのときのシン・シティGPで表彰台に上がってたんだ」
 一介の医師にすぎない湖緑がなぜシン・シティに入れたのか、今更ながら宵藍は不思議に思った。医師という立場に、はたしてどこまで特権が与えられるのだろうか。
「湖緑がね……」
 アオギリが呟いた。彼もそこに引っかかっているようだ。
「で、その人物はおまえとどういう関係なんだ?」
 宵藍はおもむろに立ち上がり、自分のデスクの引き出しから、1枚の色褪せたフォトグラフを取り出した。それをアオギリに差し出す。
 いまどきこんな形で記録を残すこと自体少ないため、アオギリは物珍しそうにフォトグラフを受け取った。
「これは?」
「おれの本当の家族……だと思う」
 アオギリの眉がぴくりと上がった。
「だと思う?」
「おれがアマチュアのレースで初めて優勝したとき、お祝いと称して誰かが送りつけてきたんだ」
「偽物じゃないのか?」
 アオギリが疑うのは無理もないと思いつつも、宵藍はちょっぴり不機嫌な声で反論した。
「なんのために? 偽物の家族をでっち上げて、フォトグラフを送りつけて、一体なんの得になるの? 少なくともそこに写ってる海藍は本物だし、おれは偽物なんかじゃないと信じてる」
「でも、差出人は不明なんだろう?」
 宵藍は返事に詰まってしまった。
 当初は海藍の妹で宵藍の育ての母親である春藍(チュンラン)がしたことかと思ったが、海藍の思い出や宵藍の出生について多くを語りたがらない彼女が、わざわざ宵藍の好奇心を煽るようなことをするはずがなかった。ほかに海藍がシン・シティから帰ってきてから親しくしていた人間は知らないし、実の息子を遠ざけていた海藍が、仲よく家族で写っているフォトグラフを他人に託すとは考えにくい。
 もちろん、シン・シティから届くわけもない。フォトグラフの入った封筒には、差出人だけでなく宛先の住所もないし、運輸局の印もない。ただ「宵藍へ」と書いてあっただけだ。何者かが直接宵藍の家のポストに入れていったに違いない。
 一体、誰が……。
 宵藍が考え込んでいると、フォトグラフを眺めていたアオギリが、今まで聞いたことのない間の抜けた声を上げた。
「おまえ……双子だったのか?」
 幸せそうに微笑む若い夫婦の腕には、それぞれかわいらしい赤子が抱かれていた。赤子たちの顔は、判をついたように瓜二つだ。
 アオギリの反応に、宵藍は満足げに頷いた。
「裏に覚書がある。誰が書いたのかはわからないけど……」
 アオギリはフォトグラフを裏返した。そこにはこれを撮影した年月日らしき数字と、おそらく宵藍たちが生まれたであろう病院の病棟番号、そして母親と赤子たちの名前が記されていた。
「海藍が抱いているのがおれで、母親が抱いているのがおれの双子の弟……天藍だ」
 アオギリは若く美しい女性の腕に抱かれている赤子を見つめた。
「シン・シティGPに上位入賞したのが、この天藍なんだな?」
「うん。湖緑はおれと天藍が似てるって言ってた。体型とか髪の色とか」
「じゃあ、やっぱりこのフォトグラフは本物なのか。しかし、だったら天藍はどうやってシン・シティに……」
 それきりアオギリは口を噤み、覚書の色褪せた小さな文字を繰り返し目で追っている。その様子を、宵藍は怪訝そうに見つめた。
「どうかした?」
「この002病棟というのはどこの病院のだ? この病院になにか手がかりがあるんじゃないか?」
「おれもそう思って、散々この病院を探したよ。でも、00から始まるナンバーの病棟を持つ病院は、このNシティには存在しないんだ」
 それがシン・シティの病院である可能性が高いことを、宵藍は言外に臭わせた。
「まさか……おまえ、シン・シティで生まれたのか? 天藍が壁の中に入っていったんじゃなくて、おまえが壁の外に出てきたということか?」
「推測だけどね」
 子どものころ、海藍と会ったときに何度か母親のことや自分が生まれたときのことを訊ねたが、海藍はなにも語らなかった。春藍も海藍のことに関しては口が重い。公の情報、もしくは周囲の人間から聞き及ぶ以外に、海藍の身に起きたことを知るすべはなかった。
「昔、海藍がシン・シティGPの招待選手に選ばれたことがあったのは、アオギリも知ってるでしょ?」
「このNシティに知らない人間はいない」
 そのシン・シティGPが終わっても、海藍はNシティに戻らなかった。もしかしたら向こうに永住するつもりかもしれない、と当初はずいぶん騒がれたが、Nシティのロードレース界に新星が現れると、人々は海藍の存在を忘れていった。
ところが1年後、海藍は何事もなかったかのようにNシティのロードレース界に復帰している。その1年の間になにがあったのか一切公表されてはいないが、宵藍と天藍はその間にシン・シティで生まれ、おそらくなんらかの事情で海藍と宵藍だけが壁の外に出た、と考えるのが妥当だ。
 アオギリがフォトグラフを宵藍の手に戻しながら訊ねる。
「母親もシン・シティにいるのか?」
「推測が当たっていればね。でも情報がないし、彼女が向こうでどうしているかなんて知りようがない」
 実際に壁を越えないかぎり……。
 鎮痛な面持ちでフォトグラフを見つめる宵藍に、アオギリが静かな口調で語りかける。
「俺にはおまえがシン・シティでの贅沢な暮らしを望んでいるようには見えなかった。なのに、なぜあそこまでシン・シティに固執するのか不思議だった。けれど、それでおまえがやる気になってエースとしての仕事を果たせるなら、それでいいと思っていたんだ」
 その突き放した考え方に、宵藍は軽い落胆を覚えた。アオギリのやさしさの中に、エースとアシストという関係を越えた友情のようなものを感じ始めていたのだ。
 しかし、それは勘違いだったのかもしれない。
 沈む宵藍とは対照的に、アオギリの表情は晴れていた。
「今やっと事情がわかって、おまえがシン・シティに入りたがる理由も理解できた」
 宵藍は黙って次の言葉を待った。
「俺はおまえのアシストだ。とことん利用すればいい」
「……うん」
 アオギリの気持ちはうれしかったが、宵藍の心の中には釈然としないものが残った。





第5話につづく                                       にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
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石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

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