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 ツアーはいよいよクライマックスを迎えた。
 山岳2日目となる第8ステージは、カテゴリーA級の峠が連なるW区の山岳を出発し、魔物が棲むと噂される急カーブの続く長い下り坂を下りて、初日にスタートを切ったセントラル区の中央広場へと戻る。おそらく、ツアー最難関のダウンヒルが勝敗の分かれ目になるだろう。
 最終日に加えて、選手たちを待ち受ける命がけのダウンヒルが、朝の冷たい空気をいっそう張り詰めたものにしていた。
 そこへ、さらなる追い討ちをかけるように、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
「なんだって? メイズがリタイア?」
 スタート地点の手前に設営されたチームテントの中で、一同は驚愕の声をあげた。
「なぜだ」
 中でも一番ショックを受けているのは、昨日メイズと差しで闘ったハイタカだった。
「昨日の最後の上りのゴール争いで、脚を疲労骨折したらしい。こうなっては棄権せざるを得まい」
 ユルエンシスが冷静に告げた。
「馬鹿な……、俺は骨折していたヤツに負けたというのか?」
 ハイタカが呆然と呟いた。
 蘇芳はハイタカを気遣いつつ、納得がいかないといった様子で疑問を口にした。
「それだけ無理をしていたなら、骨折する前にどこかを痛めていたりするだろう。予兆はあったはずだ。なんで〈デネブ〉はそんなことになるまでメイズを走らせたんだ」
 今までの走りを見る限り、宵藍はメイズが故障を抱えているようには見えなかった。メイズの表情や行動と現実がかみ合っていないような、釈然としないものを感じる。
「余計なことは考えるな」
 重苦しい空気をサデの声が払った。
「誰がリタイアしようと、おまえたちのやるべきことに変わりはない」
 逆転優勝。ただそれだけだ。
「今日は下りの難所が多い。気を引き締めていけ」
「はい」
 サデが心配するまでもなく、今日のコース設定では、余計なことを考える余裕は誰にもないだろう。特にダウンヒルでは、一瞬の気の緩みが命取りになる。
 実際にこのコースでは、過去に幾人かの選手が命を落としたり、選手生命を絶たれるほどの大事故を起こしたりしている。宵藍の父親である海藍も、ここで命を落とした選手の一人だ。
「大丈夫か?」
 アオギリの大きな手が伸びてきて、宵藍の目にかかる前髪を掻き分けた。すると宵藍からも、自分の顔色を窺うアオギリの気遣わしげな表情がよく見えた。
 宵藍はアオギリを安心させるために微笑んだ。
「うん。何度か走ったことのあるコースだし、問題ないよ」
 父親との決別は、とうの昔に済ませてある。いまさら感傷に浸ることもなかった。
 スタートラインで選手たちのスタンバイが完了すると、これまでにこの山岳で命を落とした選手たちのために、1分間の黙祷を捧げる。それが、レースでこのコースを走るときの慣わしだった。
 黙祷が終わると、集団は厳かにスタートした。最初の5キロメートル地点までは整然と走っていた集団も、それを過ぎると一気に戦闘モードに突入する。
 タイム差を広げて勝利を確実なものにしたい〈アルタイル〉は、序盤から積極的に攻めてきた。逆転したい〈プロキオン〉と〈リゲル〉は、包囲網を固めて〈アルタイル〉をがっちりマークしつつ、アタックのチャンスを虎視眈々と狙っている。当然のことながら、エースのメイズを欠いて士気の下がった〈デネブ〉は、この上位争いに絡んでこようとはしない。自然と先頭集団は馴染みの顔ぶれに絞られていった。
 サシバとバーミリオンが仕掛けたのは、終盤の長い上りだった。
 アオギリがハイタカの背中に手を置いた。
「引きずり下ろせ」
「わかった」
 ハイタカは蘇芳とともに飛び出した。
 この場合、追撃の選手は先頭に追いついても、逃げている選手の背後にぴったりとつき、決して前には出ない。前を走る選手は風除けにされるだけではなく、自分が敵に引かされているような感覚に陥り、心身ともに疲労してくる。それが狙いだ。
 しかし、サシバやバーミリオンといった一流の選手に、どれだけ通用するだろうか。
 逃げグループの背中が次第に小さくなっていく。
「俺たちもペースアップするぞ」
 アオギリはそう言うと、一緒に走っているライバルたちにも声をかける。
「おまえたちもローテーションに加われ。ここで離されたくないだろう」
「わかってる」
 セージの合図で、彼のアシストが先頭を引くために前に出た。
 しかし、集団に残ったバーミリオンのアシストのエンジュだけは、ローテーションに加わろうとしない。
「すまないな。協力するわけにはいかないんだ」
 仕方なく〈プロキオン〉と〈リゲル〉だけで先頭交代しながら逃げを追った。
 言うまでもなく、先頭を引く人数が多いほうが、1人あたりの負担が少ないため有利だ。しかし、逃げを引いているのは山岳のスペシャリストのサシバだ。彼に対抗できるクライマーが1人もいなくなってしまった追撃集団が、そう簡単に追いつけるとも思えない。
 案の定、山頂に到達しても、ついにサシバたちを捕らえることはできなかった。
 宵藍たちは一足先に峠を下り始めた逃げグループを必死に追った。幸い、宵藍はダウンヒルを得意としている。的確なコース取りで、ほとんどノーブレーキで下っていく宵藍についてこられるのは、アオギリぐらいなものだった。そのアオギリでさえも、少しずつ遅れていく。
「宵藍、先にいけ」
 アオギリの声を背中に聞き、宵藍はさらに加速した。
 ほどなくして逃げグループの背中を捕らえた。
 最後尾についていたハイタカに並ぶと、彼は「すまない」と短く詫びた。
 それに不敵な笑みで応え、宵藍は先頭を目指した。
 宵藍の気配を察したバーミリオンが振り返り、感嘆を漏らす。
「相変わらず宵藍の下りはキレてるなぁ」
 下りで追いつかれることを予測していたのか、バーミリオンはたいして驚いていない。
 宵藍は擦れ違いざまに片手を上げて挨拶すると、そのまま一気にグループを抜き去った。
「あいつは死ぬのが怖くないのか?」
 驚愕の声をあげたのは、おそらくサシバだろう。
 もちろん、死ぬのが怖くないわけではない。
 けれど、その恐怖を上まわる高揚感が宵藍を突き動かしていた。
 頭の中が異常なほど覚醒し、全身の感覚が痛いくらい研ぎ澄まされる。コース取り、ハンドル操作、ブレーキング、そのどれもが絶妙なタイミングや加減で噛み合っていなければ、一番で坂を下りきることはできない。ほんのわずかなミスが、死に直結する大事故を招く可能性もあるのだ。1秒たりとも気を抜いてはならない。
 しかし、この極限状態の中、宵藍は微笑んでいた。
 速く、もっと速く。
 嫉妬や憎しみやしがらみや、過去や現在や未来や、そういったものすべてを振り切って、ただバイクを駆る存在になれたら、それはきっと幸福に違いない。
 次のコーナーが目前に迫ってくる。宵藍はなるべくスピードを殺さないようぎりぎりまでブレーキを我慢し、強引かつ鮮やかなハンドリングでコーナーを駆け抜ける。
 すると遠くの山間に、灰色の壁に囲まれたシン・シティが姿を現した。
 あそこに、おれの過去がある。
 おそらく海藍も、ここからあの壁を見たに違いない。
 そのとき海藍はなにを思ったのだろう。
 再び急なコーナーが近づいてくる。その沿道の隅に建つ石碑に海藍の名が刻まれていることを、宵藍は知っている。
 海藍はここでハンドル操作を誤って、崖から谷底へ転落したのだ。
 ふと、宵藍の脳裏にある疑念が浮かんだ。
 本当に事故だったのだろうか。
 当時、海藍は今の宵藍と同じように、たった1人でこの下りを逃げていた。事故の瞬間を誰も見ていないのだ。
 もしかしたら……。
 一瞬、ブレーキが遅れた。
 まずいっ。
 宵藍は慌ててハンドルを切った。暴れ馬を服従させるようにバイクを押さえ込む。後輪が横滑りし、山道の端に溜まった砂利を跳ね上げた。
「くっ」
 バランスを崩しかけたものの、持ち前の反射神経とテクニックで体制を立て直し、奇跡的に落車を免れた。
 宵藍はほっと息を吐いた。
 チームジャージの下を、冷たい汗が流れる。
 いけない。今はレースに集中するんだ。
 海藍もシン・シティも頭の中から追い出し、宵藍は自分の走りに没頭した。そのまま1人で下り坂を逃げ切る。この時点では、宵藍の単独エスケープは完全に決まっていた。
 道が平坦になると、途端にペダルが重くなる。アシストがいないため、風の抵抗を一身に受けて走らなければならないのだ。このままでは、おそらくセントラル区に入る頃には後続集団に追いつかれてしまうだろう。長い下りのおかげで、脚の疲れはだいぶ回復していたが、それはほかの選手たちにとっても同じことだ。
 だけど、諦めるつもりはない。
 宵藍はクランクを高速回転させる独特の走り方で、まるで登坂に挑むように平地を駆けた。下りで冷えた身体はすぐに熱くなり、白い皮膚の上を玉の汗が滑り落ちていく。宵藍はジャージのジッパーを下げて胸をはだけさせた。
 しばらくすると、セントラル区の入り口が見えてきた。沿道に出て応援する人々の姿も増えてくる。
 宵藍は後ろを振り返った。まだ後続の姿は見えないが、確実に背後に迫ってきている気配は感じる。
 このままゴールまで逃げ切れるか。
 正直、きわどいところだった。
 もしもゴール前で集団に捕まってしまったら、勝負はゴールスプリントに縺れ込む。そうなれば、単独エスケープの疲労が溜まっている宵藍が断然不利になってくる。
 けれど、捕まらない可能性だってある。後ろの集団では、宵藍を逃がすために〈プロキオン〉の仲間が仕事をしてくれているはずだ。単独で逃げてはいても、宵藍は1人きりでレースを闘っているわけではないのだ。
 ここまできて負けるわけにはいかない。おれは、おれの仕事をやり遂げる。
 宵藍はリアギアをシフトアップした。重くなったペダルを、力を振り絞って踏み込む。
 ゴール地点まで残り1キロメートルを示す旗を過ぎたとき、後方で大きな歓声が沸いた。後続集団がすぐそこまで迫ってきている。
 中央広場に向かうストレートラインに入ると、ようやく追撃してくる選手の姿が確認できた。
 バーミリオンとセージだ。
 アシストに引かせている余裕すらなく、たまらず自分で飛び出してきた、といったところだろう。2人とも必死の形相で追ってくる。
 宵藍はフロントギアをアウターに入れた。ペダルの重みに太腿の筋肉が震える。
 ゴールまでもてばいい。
 たとえこの脚が折れようとも。
 宵藍はもう後ろを振り返らなかった。その瞳はフィニッシュラインだけを映していればいい。
 喉がひゅーひゅーと鳴っている。
 心臓が破れそうだ。
 あと少し。
 最後は魂の強さだけでクランクをまわし続けた。
 勝ちたい、
 勝ちたい、
 勝ちたい……。
 
 
 気づくと、宵藍はユルエンシスの腕に支えられながら、割れんばかりの歓声に包まれていた。
「宵藍っ」
 声のするほうへ目をやると、人ごみを掻き分けてアオギリが近づいてくる。宵藍は引き寄せられるようにユーリの腕から抜け出した。
「アオギリ」
 2、3歩進んで地面にくずおれそうになった宵藍の身体を、アオギリの力強い腕が受け止める。
「アオギリ、おれ勝ったよ」
「ああ」
 アオギリの腕に抱き締められ、宵藍は安堵して瞼を閉じた。
「でも……ちょっと疲れた」





第22話につづく                                      にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

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