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メイズは坂を上っているとは思えないスピードで、宵藍たちとの差を瞬く間に詰めてくる。一見無謀とも思えるその走りは、しかし、一瞬たりとも弛むことがない。それなのに、やっぱり瞳だけは冷めていた。
 まるでサイボーグかなにかみたいだ。
 あまりの光景に呆然となっていた宵藍が我に返ったとき、すでにメイズは宵藍に並んでいた。そのままハイタカまで一気に抜き去っていく。
 すれ違いざま、宵藍は目を瞠った。
「なにっ、アウター?」
 通常ならフロントギアは軽いインナーで上るこの急勾配を、メイズは重いほうのアウターにチェーンを掛けていたのだ。
「なんてヤツだっ」
 ハイタカの声には悔しさと嫉妬が滲んでいた。彼のそんな声を、宵藍は初めて耳にした。
 宵藍は反射的に叫んだ。
「ハイタカ、いってくれ。おれのことはいいから」
 自分のせいでハイタカが山岳で負けるなど、宵藍には許せなかった。
 ハイタカは力強く頷くと、シフトチェンジしてメイズのあとを追った。
 その背中を見送りながら、宵藍は心の中で祈った。
 ハイタカ、負けるな。
 本当は叫びたかった。ハイタカに自分の声で伝えたかった。けれど、今の宵藍にそんな余裕はない。喉がひりついて、呼吸をするのも苦しかった。
 水がほしい。
 宵藍は空になったボトルホルダーを見つめ、ハンドルに項垂れた。どうしても沿道の観客からボトルを受け取ることができない宵藍は、チームカーの助けを待つしかない。しかし、大勢の観客が溢れるこの山道を車が上がってくるのは危険だ。
 一旦は襟元の小型マイクを掴んだものの、宵藍はすぐに手を放した。
 渇きと孤独に耐えながら、宵藍は気力だけでペダルを踏み続けた。頭が朦朧としてきて、観客の声も遠くなっていく。なぜ自分がこんなにも苦しいレースを走っているのか不思議だった。
 ああ、そうだ。シン・シティに入るため、天藍と東雲に会うために、おれは今、走っているんだ。
 けれど、本当にそれだけなのだろうか。それだけでいいのだろうか。
 宵藍にとってロードレースとは、シン・シティに入るための手段だった。写真でしか見たことのない母と弟に会うために与えられたチャンスだった。
 気がつけば、それだけが宵藍の走る意味になっていた。
 昔は違っていたはずだ。
 まだ本当の家族の存在を知らなかった頃、スクラップを集めて組み立てたバイクを乗りまわす町の子どもたちと同じように、プロのロードレーサーになることを夢見て走っていた。走ることが好きだった。
 それなのに……。
 あのフォトグラフさえ届かなければ、おれは今でも走ることに純粋でいられたのだろうか。
 ロードレースを、シン・シティに入るための手段にすべきではなかったのかもしれない。
「くそつ」
 宵藍は握った拳をハンドルに叩きつけた。
「宵藍、顔を上げろ」
 え……?
「もう少しだ。諦めるな」
 いつの間にか、隣をアオギリが走っていた。
 振り返ると、サシバとバーミリオンも追いついてきていた。
「なんで宵藍がこんなところにいるんだ? ハイタカとメイズは?」
「ハイタカはメイズを追っている」
 メイズが、ではなく、メイズを、と言った宵藍の言葉に、サシバはショックを隠しきれない様子だ。
「なにやってんだ、あいつは」
「おれのせいなんだ」
 宵藍がそう言うと、バーミリオンが励ますように微笑みかけてきた。
「ハイタカならきっと大丈夫だよ。それより宵藍、顔色が悪いよ」
 そのとき、アオギリが宵藍のボトルホルダーに目をやった。
「ボトルはどうした?」
 宵藍が小さく首を振ると、アオギリは宵藍の目の前で自分のボトルを取り出し、吸い口を咥えて2、3回喉を鳴らした。そのボトルを今度は宵藍に差し出す。
「これを飲め」
 宵藍は胸がぎゅっとなった。
 アオギリは宵藍が沿道の観客からボトルを受け取ることができないことに、その理由に気づいている。だから宵藍が見ている前で先に口をつけて、そのボトルが安全であることを示してくれたのだ。
「アオギリ……」
「情けない顔をするな。ここからは俺が引く。離れるなよ」
「わかった」
 アオギリのボトルで水分を補給し、宵藍はペダルを踏む力を取り戻した。
 山頂が見えてくると、サシバとバーミリオンがアタックをかけた。けれど、アオギリはそれには反応せず、最後まで一定のペースを守って宵藍を引き続けた。
 そして、ゴール地点で宵藍たちを待っていたものは、メイズがステージ優勝したという知らせだった。

 
 その日の宿に到着すると、ハイタカはすぐに部屋にこもってしまった。夕食の時間になっても姿を現さない彼のために、蘇芳が部屋まで食事を運んでいく。
 宵藍は、ハイタカと自分の2人分の料理を乗せたトレーを持って食堂を出ていく蘇芳を呼び止めた。
「蘇芳、ハイタカはどうしてる?」
「大丈夫だよ。宵藍は明日のレースのことだけを考えな」
「でも、おれのせいでハイタカは勝てなかったんだ。おれを引いていなければ、ハイタカは絶対にメイズになんか負けなかった」
「宵藍、レースに絶対なんてもんはないんだ」
 それは宵藍にもわかっていた。けれど、ハイタカに対する罪悪感がそう言わせた。
「まあ、俺に任せといてよ。彼の扱いは慣れてるからね」
 そう言って立ち去ろうとした蘇芳は、再び足を止めた。肩越しにわずかに宵藍を振り返り、穏やかに語りかける。
「俺さ、正直言うと誰がエースでもかまわないんだ。ハイタカが誰のために走ろうと、俺は全力でハイタカをアシストするだけだ」
 そして、いつになく真剣な蘇芳の眼差しが宵藍を見つめた。
「もしも宵藍がハイタカにすまないと思うなら、明日のレースで勝ってくれ。ハイタカに、宵藍のために走ったことを後悔させないでくれ」
 静かな中にも、彼のハイタカを思う気持ちが伝わってくる。
 だから、宵藍も中途半端な覚悟でステージ優勝を請け負うことは躊躇われた。
 蘇芳は宵藍の返事を待たずに歩き出していた。その背中にアシストとしての揺るぎないプライドを見て、宵藍は圧倒されたようにその場に立ち尽くした。
 アシストがエースのために走る。
 そのことの意味を、重みを、宵藍は考えた。
 アシストは己のすべてをエースに託して走る。エースはそれを背負って走らなければならない。エースの勝利はすなわち、アシストの勝利でもあるのだ。その覚悟のない者に、エースの資格はない。
 おれには、その覚悟があっただろうか。
 そう思うと、みんなが待つ食堂へ向かう足が竦んだ。
 居心地の悪い夕食を終えると、宵藍は逃げるように部屋へ戻った。
 少し遅れてアオギリが入ってきた。アオギリがベッドに寝転がる宵藍の脇に腰を下ろすと、スプリングが軋んで宵藍の身体を揺らした。
「今朝早く、抜き打ちの検査があったらしい。メイズはドーピングをしていなかったそうだ」
 抜き打ち検査は通常の検査よりも厳密に行われる。そこで反応が出なかったのなら、つまりその選手は違反薬物を使用していないということになる。
 湖緑が言っていたとおりになった。
 けれど、アオギリの表情はすっきりしない。
「メイズにはなにかがあるような気がしていたんだが、気のせいだったんだろうか」
 それは宵藍も考えていたことだ。
「おれもそれは感じてたよ。陽性がでなかったなら、ドーピング以外のなにかが……」
 しかし、ドーピング以外にあの走りを生み出すものがあるとしたら、それは実力というほかない。
「まあ、メイズのことはもういい」
 アオギリはその話題を打ち切った。
「そんなことより、おまえはまだ浅葱のことを引きずっているのか?」
 そう言われて、宵藍は言葉に詰まった。
 浅葱のことは気になるが、今はほかにも考えることがたくさんあって、頭の中が混乱していた。
「あいつのことは忘れろ……といっても、おまえにとっては簡単なことじゃないんだろうな」
 アオギリはため息をついた。
 そのため息が自分を責めているような気がして、宵藍は腕で顔を覆った。
 その上から、アオギリの苦悩に満ちた声が降ってきた。
「宵藍、俺にはおまえを支えることはできないのか? おまえの信用を得ることはできないのか?」
 思いがけない問いかけに、宵藍は弾かれたように起き上がった。
「そんなことは……」
 ない、と言おうとしたが、言葉が出てこなかった。そのことに宵藍自身がショックを受ける。
 自分はまだ心のどこかでアオギリを疑っているのだろうか。
 アオギリは静かに語りだした。
「初めておまえの走りを間近で見たとき、俺は衝撃を受けた。クランクを高速回転させる心肺機能は、ある程度までは鍛えることができても、最終的には生まれ持った資質によるところが大きい。そういう意味で、俺には自分の走りの限界が見えていた」
 静寂の中に、寂しげな声だけが響いていた。
「けれど、おまえの走りには限界がないように見えた。正直、妬ましかったよ。でもその一方で、俺の心は躍った。おまえがどこまでいけるのか、見届けたいと思った。そのためなら、おれは喜んで踏み台になろうと思った」
 ロードレースをこよなく愛する男の瞳が、まっすぐに宵藍を見つめる。
「おまえは俺が認めたエースだ。俺はおまえを、おまえの未来を信じている」
 青い瞳が銀色の光を帯びる。
「だから、俺は俺のすべてをおまえにかけよう」
 その青は熱い。
 アオギリの瞳の色は静寂ではなく、燃え上がる炎の熱い青なのだと、このとき初めて宵藍は感じた。
 ……勝ちたい。
 腹の底から熱いものが突き上げてくる。
 アオギリの熱が、宵藍の中に眠っていたものを呼び覚ます。
 勝ちたい。
 この信頼に応えたい。
 自分のためではなく、アオギリのため、そしてハイタカや蘇芳やチームみんなのために勝ちたい。
 宵藍はアオギリの瞳を力強く見つめ返した。
「おれは明日、本物のエースになる」





第21話につづく                                      にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
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石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

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