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創作BL小説ブログ
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 耳元で風が鳴る。
 石造りの街並が、瞬く間に後方へ飛んでいく。
 生身の人間が生み出す力で走る史上最速のマシンを、自分の身体の一部のように操り、天然石の石畳(パヴェ)の上を飛ぶように駆けていく
 気分は悪くない。
 ペダリングもスムーズだ。
 体内に溜まっていく乳酸をぎりぎりのところで処理しながら、時速50キロメートルを維持するための有酸素運動を続ける。心肺機能への負荷は大きいが、このほうが脚の力を温存しておける。
 宵藍(シャオラン)は一瞬だけ後ろを振り返った。後続集団から飛び出したライバルチームのエースたちが、必死に追い上げてくる。
 大丈夫、振り切れる。
 すでにゴール地点の中央広場は目前に迫っていた。
 前を走るアオギリの背中を見つめる。チームカラーの藍色のジャージに包まれた自分より広い背中を、宵藍はこの1年の間、ずっと見続けてきた。本人の口よりも、この背中のほうがよっぽど雄弁だということを、他の誰よりも知っている。
 宵藍を引いて走るアオギリは、宵藍より長くこのレースを走っているため、コースの路面の状況や勝負どころを熟知している。アオギリが路面を指差せば、そこに障害物があるか、もしくは路面が荒れているから注意せよ、という合図だ。
 普通に走っているぶんにはたいした障害ではなくても、高速で走行するレース中は、路面のわずかな異常も命とりになる。実際に死者が出ることもある。運よく怪我で済んだとしても、程度によってはシーズンを丸々棒に振る事態にもなりかねない。
 怪我をしない。それもエースに必要な資質だ。
 そしてエースを無事に、誰よりも早くゴールへ導くのがアシストの使命なのだ。
 不意にアオギリのバイクが大きく左によけ、宵藍の行く手が開けた。
 宵藍、いけ。
 アオギリの背中がそう言っている。
 宵藍はためておいた脚を使って、無酸素運動に切り替えた。ギアを重くして一気に加速する。役目を終えたアオギリの姿が視界の隅から消えていくのを認めつつ、宵藍は一陣の風のごとくゴールをめざした。後方から追ってくる者の存在すら、景色と一緒に宵藍の脳裏から吹き飛んでいった。
 あと500メートル。
 処理しきれない乳酸が筋肉の細胞内に蓄積されていくのに比例し、バイクの速度が増していく。肉体を限界まで追い込んで、自分との闘いに突入する。
 300メートル。
 沿道の観客が宵藍の名前しか呼ばないことから、自分が独走態勢に入っていることがわかる。
 100メートル……50メートル。
 歓声が一段と高くなる。
 10メートル……。
 宵藍は拳を天に突き上げた。
 今、フィニッシュラインを通過。
 前方の人垣が左右に割れ、今日の勝者を迎え入れた。控えのチームメイトやスタッフが飛び出してくる。宵藍はバイクをとめ、黒髪を掻きあげた。アオギリも黒髪だが、宵藍の髪は濡れたような青みを帯びている。
 膝を故障して以来レースに出場していない浅葱(あさぎ)が、宵藍にタオルを差し出してきた。
「宵藍、おめでとう」
 宵藍は複雑な気持ちでタオルを受け取った。
 かつてアオギリのアシストを務めていた浅葱は、現在は最新のトレーニング法やマッサージ法を学びながら、監督の助手のようなポジションに納まっている。チーム内でやさしい兄貴分として信頼を得ている彼の笑顔に、どういうわけか宵藍は違和感を抱いていた。けれどそれは、浅葱が己を犠牲にして尽くしてきたエースを自分がアシストとして使っていることへの、少しばかりの申し訳なさと抑えきれない自尊心が、浅葱を見る目を歪めてしまっているせいだと宵藍は思っている。
「やっぱ宵藍はすごいよ。今シーズンはこれで3勝目か?」
「優勝を逃したレースでも、必ず表彰台には上がってるよ」
 取り巻きの声を聞きながら、宵藍はゴール地点を振り返った。すぐ後ろでかつての浅葱のエースが微笑んでいる。褐色の肌に浮いた汗の粒が、きらきらと輝いていた。
 ゴール手前で力尽き、追撃集団に呑み込まれたアオギリは、6位でフィニッシュしていた。
 さらに後方では、大集団が続々とゴールラインに雪崩れ込んでいる。
 そのとき、宵藍の神経を逆撫でする声が耳に飛び込んできた。
「やっぱりあの伝説のチャンピオンの息子だから、オレたちとは血筋が違うんじゃねぇの?」
 それは宵藍をライバル視しているルーラーのアクセルロディだった。いつのまにかゴールしていたらしい。
 ルーラーというのは、レースである程度自由な走りが許されている準エース的なポジションで、彼は貪欲に宵藍の座を狙っていた。
 髪の色よりもさらに暗い、宵藍の漆黒の瞳が鋭く光る。
「おれとアオギリが走ってるんだ。負けるわけがない。血筋なんか関係ない」
 宵藍自身、公言した覚えはなかったが、鼻のいいマスメディアがどこからか嗅ぎつけたのだろう。今となっては、このN(ネイティブ)シティに宵藍が海藍(ハイラン)の実の息子だということを知らない者はいない。
 2人の険悪なやり取りに、コーチのユルエンシスが美しい眉を顰めた。
「ロディ、つまらないことを言うな。ロードレースは血だけで走るわけじゃない。宵藍も、勝者インタビューではくれぐれも生意気な口をきくなよ」
 ユルエンシスのメタルフレームの眼鏡が冷たく光る。
「わかってるよ、ユーリ」
 実際、今もなお伝説のチャンピオンとして語り継がれている父、海藍の影響でバイクに乗り始めたわけではないし、海藍の指導を受けたことも一度もなかった。しかも、海藍は宵藍が11歳のときにレース中の事故で亡くなっているのだ。
 もっとも、海藍が自分の父親だと知ったのは、海藍が死ぬ1年前のことだ。親子らしい会話を交わした記憶すらなかった。
 生まれてすぐに海藍の妹夫婦のもとに預けられた宵藍にとって、海藍は別世界の人間だったし、真実を知ってからもやっぱり遠い存在だということに変わりはなかった。それまで本当の家族だと信じていた人たちが実はそうではなかったというショックに比べれば、母親がどこの誰なのかわからないという事実も、父親が自分よりロードレースを選んだという現実も、意外なほどリアリティがなかった。
 かわいげのある子どもなら、ここで実の父親に対する反発からバイクを降りるところだろうが、宵藍は違った。子どもっぽく父親に反発していると思われるのは癪だったし、なによりこのときすでにバイクの魅力にとりつかれていた。
 人垣を掻き分けて近づいてきたインタビュアーが、宵藍にマイクを突きつけた。
「それでは、今大会を制した宵藍選手にお話をうかがいます。これで今シーズン3つ目の勝ち星ですが、どんな気分ですか?」
 この無遠慮なマイクが好きではなかったが、宵藍はいつものように爽やかな笑顔を繕った。
「最高です」
「終盤はほとんど独走態勢でしたが、勝因はなんだと思いますか?」
「アタックのタイミングがよかったんだと思います。すべてアオギリのアシストのおかげです。彼がいなければ、ぼくの優勝はありません」
「でもあなたはアマチュア時代から強かった。あのビッグタイトルの3連覇は今でもファンの間で語り種になってますよ」
 男が過去の話を持ち出してきたため、宵藍は警戒した。なるべく当たり障りのない言葉を選ぶ。
「ただの草レースです」
「そのわりにはプロデビューが遅かったように思うのですが。たしか海藍のプロデビューは17歳のときでしたよね。あなたより3年も早い」
 まさかこんなところで父親の名前を出してくるとは。
 Nシティの英雄を父に持ってしまったのだから、この名前が一生ついてまわるのは仕方ないと諦めつつも、あまりにも無神経な男の質問に腹が立ってくる。
「父は父、ぼくはぼくです。ぼくは今の状況に満足しています」
 男はさらに調子に乗ってくる。
「そりゃそうでしょう。あなたが〈プロキオン〉に入る前は、アオギリ選手がエースだったわけですから、その彼があなたのアシストにつく意味はかなり大きいんじゃないですか?」
 宵藍の眉がぴくりと動いた。限界だ。
「あんた、なにが言い……」
「そんなことはありませんよ」
 突然、アオギリが割って入ってきた。
「彼の実力は本物です。いいアシストがついたからといって、簡単に優勝できるほどレースは甘くないことくらい、子どもだって知っています」
 あんたは素人か、と言外に言っている。温厚で口数の少ないアオギリらしからぬ発言だったが、おかげで男の注意は宵藍からアオギリに移り、宵藍がこの無礼なおしゃべり男に飛びかかるのを未然に防ぐことができた。
「たしか、いまだにあなたを欲しがっているチームから声がかかっているはずだ。まだ24歳だし、エースとして走れるチャンスがあるのに、なぜ移籍の話を断り続けているのですか?」
 またその話を蒸し返すのか。
 宵藍が内心うんざりしていると、ユルエンシスが柔和な笑みを浮かべ、しかし強引に男の前に立ちはだかった。
「今日のレースに関係のないおしゃべりは、もうこのへんでよろしいでしょうか? 彼らを早く休ませたいので」
 相手の意向をうかがう柔らかい口調ではあったが、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。その態度はきっぱりとインタビューの打ち切りを告げていた。
 ユルエンシスに促され、宵藍は前を行くアオギリのあとに続いた。本部でドーピング検査を受けてから、ステージ裏のチームテントに戻った。〈プロキオン〉のチームドクター兼マッサーの湖緑(フーリュー)が、すかさず宵藍に椅子を用意する。それに腰をおろすと、宵藍はようやくひと息ついた。
お疲れさま。今シーズンは好調ですね」
 40がらみの男は、黒縁の眼鏡の奥で細い目をさらに細めた。チームドクターといっても、白衣は着ていない。常に動きやすいスタッフ用のジャージを着用し、レースともなればマネージャー的な仕事もこなす。
 宵藍は椅子の背凭れに体重を預けて脚を投げ出した。テントの前を行き来する人々を眺めながら、独り言のように呟く。
「まだこれで終わりじゃない」
「ああ、ツアー・オブ・Nシティですか」
 湖緑が差し出したドリンクを受け取り、乾いた喉を潤してから答える。
「その前にも、今日みたいなワンデイレースが1本入ってる」
 けれど、すでに宵藍はNシティの最高峰レースであるツアー・オブ・Nシティに照準を合わせている。これは8日間に渡って行われるロードレース協会主催のステージレースで、Nシティにおいて最も過酷なレースである。
 20歳までアマチュアのチームに所属していた宵藍は、故障した浅葱の代わりにアオギリのアシストとして〈プロキオン〉に引き抜かれた。それまでにもプロチームからの誘いはいくつもあったが、すべて断ってきた。宵藍がほしいのは、Nシティ最強と謳われるチーム〈プロキオン〉のエースの座だった。
 驚くべきことに、プロとしてのデビュー戦となった前回のツアー・オブ・Nシティで、宵藍はいきなり表彰台に上ってしまった。エースだったアオギリのコンディションが万全でなかったせいもあったが、表彰台の一番下段とはいえ、新人が上位入賞するのは快挙といってよかった。この若きヒーローの出現に街中が沸き立った。
 その一方で、アシストでありながらレース最終日の土壇場で調子の思わしくないエースを放り出し、単独アタックをかけた宵藍の身勝手を非難する声も多かった。
 しかし、宵藍はけっして自分の独断で飛び出したわけではなかった。レースの状況を鑑みて、上位を狙える位置につけていた宵藍に「俺を置いていけ」と命じたのはアオギリだ。そして彼の読みどおり、宵藍の大逃げは見事に決まった。アオギリのアシストという足枷さえなければ、もっと早い段階でエースを交代していれば、宵藍が総合優勝していた可能性だってあった。アオギリもインタビューを受けるたびにそう説明を繰り返してきたが、メディアの反応は宵藍に厳しかった。当然、チーム内でも不協和音が鳴り続いた。
 この混乱を収拾すべく、アオギリがエース交代の声明を発表したのは、今シーズンが始まる直前だった。
「この混乱を引き起こした原因は、エースとして力を発揮できなかった俺にある。だから、今後は宵藍のアシストとしてレースを走る」
 アオギリは監督と話し合って決めたことだと言っていたが、その話し合いの詳しい内容までは語らなかった。
 こうして〈プロキオン〉の正式なエースとなった以上、宵藍に負けは許されない。
「ひとつひとつ確実に勝っていくさ」
 自分に言い聞かせるように宵藍は呟いた。
 そう、ここはまだ階段の途中なのだ。宵藍にとっては、Nシティの最高峰レースでさえ、更なる高みをめざすための踏み台にすぎない。宵藍の真の目的はその先にあった。そこへ辿り着くためには、なんとしてもツアー・オブ・Nシティで総合優勝しなければならない。
「宵藍、アオギリ、そろそろ表彰式の用意を」
 ユルエンシスが慌しくテントに戻ってきた。隣で浅葱と会話をしていたアオギリが立ち上がった。
 そういえば、レースが終わってからまだ一度もサデの姿を見ていない。
「監督は?」
 宵藍が訊ねると、ユルエンシスの表情が和らいだ。
「サデなら、きみの代わりにインタビュー攻勢に遭ってるよ。これも監督の仕事のうちさ」
 宵藍はアオギリとともにテントを出た。表彰式のステージに向かう途中、宵藍は足を止めて北西の方角を振り仰いだ。
 その視線の先には、高く冷たく聳える灰色の壁があった。
 いかなる侵入者をも拒絶する、始まりも終わりもない完全に閉じた円は、ネズミ1匹の侵入をも許さない。
「おれは必ずあの壁の向こうへ……シン・シティへ行く」
 それはアオギリにではなく、自分自身に聞かせるための誓いだった。





第2話につづく                                       にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
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■□ INFORMATION

【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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