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部屋に戻ってから、夏人はいよいよ弘にアピストを選ばせることにした。弘は真剣な顔で、端から順に水槽を覗き込む。
 〈アクア・キューブ〉よりも、アピストを専門にコレクションしている夏人の部屋のほうが、ラインナップが充実している。種類や生息地によって体型や模様、色彩などが微妙に違ってくるため、どの魚にもそれなりの魅力がある。さすがの弘もなかなか一種類に絞り切れないようだ。
 うんうん唸って散々迷った挙句、どうやら初心に返ることにしたらしい。
「やっぱりエリザベサエにしよう」
 弘が選んだのは、去年の春にここの水槽で生まれた若魚だった。三十五ミリほどに成長していて、早くも成魚の雰囲気を醸している。
「ああ、それならいいよ。お前んとこの水槽の水が落ち着くにはまだちょっと早いけど、バクテリアも入れてあることだし、こいつなら大丈夫だろう」
 夏人はワゴンから厚手のビニール袋を二枚取り出し、それぞれに三分の一程度まで水槽の水を入れた。調子のよさそうな雄と雌を一匹ずつ選んで、傷をつけないようにやさしくビニール袋の中に移す。さらに空気を一杯にして、二、三本に束ねた輪ゴムで袋の口をしっかり縛る。「水温が急激に変化しないように」と説明しながら、新聞紙でビニール袋を包み、それをスーパーのレジ袋に入れた。
「ショップみたいに酸素を入れられないから、寄り道しないでまっすぐ帰れよ。水合わせは時間をかけて慎重にな」
「……ありがとう」
 手渡された袋をじっと見つめる弘の表情は、礼を言いながらも、あまり嬉しそうではなかった。先程までの元気がない。
「どうかしたか?」
「この部屋に来るのは、今日でおしまいなのかな……」
 やっぱりそうきたか、と夏人は身構えた。
 春休みという短い期間だったし、個人的な感情を持ち込まないよう、夏人なりに気は遣っていた。それでも弘のほうは名残惜しさを感じているようで、寂しげに目を伏せている。
 けれど夏人は、またいつでも遊びに来い、などという気休めは言わない。冷淡な男だと思われてもかまわなかった。
「そうだろうな」
 答えながら、タオルを探してキッチンへ向かった。濡れた手を拭うと、夏人は弘を振り返った。
 なるべく素っ気なく聞こえるように、細心の注意を払う。
「学校が始まれば俺だって忙しくなるし、いつもみたいに気軽にやって来られても」
 困る、と言おうとして、夏人は咄嗟に身を避けた。
 弘がポケットから何やら取り出して、夏人めがけて投げつけたのだ。
 それは夏人の二の腕をかすめて、キッチンの隅に転がった。
「ばかやろう! 薄情もの! 熱帯魚おたく!」
「おい、ちょっと落ち着けよ」
「あんたが好きなんだっ」
 その瞬間、夏人は言葉を失った。
「なのに、なんでそんな意地悪なこと言うんだよ」
 見る見るうちに、弘の澄んだ瞳が潤んでいく。これでは「好き」の意味を取り違えたふりをして、誤魔化すこともできない。
 だが、このくらいの年頃はさまざまなことに影響を受けやすく、些細なことで心変わりしやすいということも、夏人は仕事柄よく知っていた。
「お前の〝好き〟は、例えば近所の家の兄ちゃんに甘えてるような〝好き〟なんだよ。相手は大人の男だし、決して本気で自分を相手にしたりはしないだろうと安心しているから、そんなことが言えるんだ。恋愛感情とは別ものだよ。お前の勘違いだ」
 弘は拳を握って、じっと夏人を睨みつけている。
「違う! 勘違いとか言うな! 自分の気持ちは自分が一番よくわかってるよ。子供だからって、ばかにすんな」
 夏人は嘆息した。今ならまだうまく軌道修正できるだろう、という夏人の思惑どおりにはいかないようだ。
 どこで間違ってしまったのだろうか。
 溢れた涙が零れ落ちないよう、必死に堪えている弘を見つめながら、夏人は出会った日のことを振り返っていた。
 そもそも、最初に手を差し伸べてしまったのが間違いだったのかもしれない。心のどこかで、まだ子供なのだから、と甘く見ていたのだ。さして警戒する必要もないだろう、と高を括っていた自分を、心の中でなじった。   
 その一方で、臆せず自分の感情をぶつけてくる世間知らずな少年に対する羨望が、嫉妬へと変質していく。大人の方便を跳ね除ける純真無垢な精神を汚してやりたい、という残忍な衝動が、夏人の体内を駆け抜けた。夏人はそれを、あえて抑えようとはしなかった。
「だったら聞けよ、弘。俺はお前の好意に応えることができる男だ」
 半ば投げやりにそう言うと、夏人は弘との間合いをじわりと詰めていく。
「教師をやってるからって、人間性まで信用しちゃいけない」
 わざと露悪的な物言いをしてみた。自棄になればなるほど、頭の芯は冷たく冴えていく。
 弘はきょとんとした顔で、ゆっくりと近づいてくる夏人の顔を見上げている。
「わからないか? こういうことだよ」
 夏人は手を伸ばし、乱暴に弘の頤を捕らえると唇を合わせた。さらに、何が起こっているのか飲み込めず、されるがままの弘の細い腰を引き寄せ、強引に舌で歯列を割る。
 口腔を弄る熱い舌の動きに、弘が喉の奥で小さく喘いだ。
 その自分の声に、羞恥で耳まで真っ赤になった弘が、夏人の胸を押し返してきた。夏人はそれ以上深追いをせず、弘を解放してやる。
 弘は夏人の腕から逃れるように身を翻し、スニーカーを引っかけて、外へ飛び出した。
 その背中を、夏人は無言で見送った。
 ドアがゆっくりと閉まる音。
 これで終わった。もう二度と会うこともないだろう。
 夏人は長く長く息を吐いた。
 気づけば喉がからからだ。飲み物を取りに冷蔵庫へ向かうと、床に転がっているものを視界に捕らえ、夏人はしゃがんでそれを手に取った。
 ハンドクリームだった。
 年中、水槽に手を突っ込んで、がさがさに荒れてしまった夏人の手を、弘はちゃんと見ていたのだ。
 夏人の鳩尾に、鉛のような冷たく重い塊がゆっくりと沈んでいった。





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ああ、チューを
ドキドキ、それで入学式は・・
adocyan 2009/01/02 09:21 *edit
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■□ INFORMATION

【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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