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「こんにちはー。夏人さん、いるー?」
 おひさまのような明るさで、弘がドアの隙間から顔を覗かせたのは、昼時を過ぎたころだった。自転車を飛ばしてきたらしく、息が弾んでいる。
 最初は澤が「ナツ」と呼ぶせいで、弘も気安く「ナツさん」と呼んでいたが、これからアクアリウムの師匠になってもらうのだから、と「夏人さん」に改まった。
 それならばなぜ普通に「柏木さん」じゃないのか、と不思議に思った夏人だが、元来、熱帯魚以外のことにはほとんど頓着しない性格が、事態をそのまま放置させていた。
 弘は〈アクア・キューブ〉での一件以来、夏人が仕事を終えて部屋に戻る時間を見計らって、ちょくちょく顔を出すようになった。
 夏人が春休みに入ってからは、ほとんど毎日のように昼間からやってくる。本当に子犬のようによく懐いたものだ。
 いちいち玄関の鍵を開けに立つのが面倒になった夏人は、昼間は外出時以外、鍵を掛けなくなった。
「おう、あがれよ」
 アピストの稚魚に、孵化したてのブラインシュリンプをスポイトで与えていた夏人は、振り返りもせずに応じた。
 夏人の部屋は、〈アクア・キューブ〉の脇を流れる水路沿いを、弘が通っていた中学校とは反対方向へ、十分ほど歩いたところにある。マンションと呼ぶにはちょっと古めかしい造りの三階建て集合住宅の一階に間借りしている。
 2DKという、独身暮らしには充分な間取りであるにもかかわらず、やけに圧迫感を感じるのは、やはり洋間の壁一面に並べられた水槽のせいであることは間違いない。
 三段組のスチール製アングル台に、大きさの揃った水槽が全部で十二本並んでいる。その隣に、六本の水槽が並ぶ二段組のアングル台。他にも、青々とした水草のレイアウト水槽が洋間に二本、ダイニングキッチンに一本設置してある。ほとんどがアピスト水槽だ。
 水槽以外にも、外部フィルターやら、水作り用に使用しているプラスチック製衣装ケースやら、細々とした道具や餌なんかを収納するワゴンやらで、六畳間は過密状態だった。おかげで生活に必要なものはすべて隣の和室とダイニングキッチンに押し込まれている。
 初めて弘がこの部屋を見たとき、こんなに水槽を置いて床が抜けたりしないのか、と心配していたが、実はこの建物は澤の父親が所有しており、夏人は澤と親しいのをいいことに、入居する前にオーナーの許可を取り付け、床下の補強工事を実行したのだった。
 しかも、前の住人が恋人と喧嘩して刃傷沙汰を起こしたこの部屋は、家賃も格安である。噂が噂を呼び、すっかり借り手がつかなくなっていたことが、夏人には幸いした。
「秀太朗のじいさんはこのあたりの地主で、賃貸のマンションや店舗や駐車場なんかをあちこちに持ってるんだ。今はじいさんは亡くなって、秀太朗の父親が継いでるけど」
 ぴょんぴょんと水中を泳ぎまわる一ミリほどのブラインシュリンプを、アピストの稚魚たちが一心不乱に啄んでいる。
 それを喜んで眺めていた弘は、顔を上げて子犬のような目を見開いた。
「へえ、澤さん大金持ちなんだ」
「秀太朗じゃなくて、やつの親父がだよ」
「おんなじことじゃん。いずれ澤さんが跡を継げば」
「ガキが生意気なこと言ってんじゃねぇよ」
 弘の頭を叩いた。
「ってー、暴力反対っ。先生のくせに」
 頭を撫でながら抗議する弘を揶揄するように、夏人はふんと鼻で笑った。
「俺はお前の先生じゃねえ」
 負けじと、鼻にしわを寄せ「イーッ」と白い歯を食いしばる弘を無視して、夏人はキッチンの壁に掛かっている時計に目をやる。針は一時をまわっていた。
「こいつらに餌もやったことだし、そろそろ昼飯にするか」
「これから? やったー。今日はなぁに?」
 現金な弘は、手のひらを返したように尻尾を振ってくる。
「お前は昼飯食ってきたんじゃないのかよ」
「食べたけどまだ入る」
 育ち盛りの胃袋は底が知れない。
 数日前、昼食を食べ損ねたという弘に、冷蔵庫のあまりものでチャーハンを作ってやったのが失敗だった。ここに来れば、飯にありつけると思っている。
「今日はトマトソースのパスタだ」
 小躍りする弘に苦笑し、夏人は水を入れた鍋を火にかけた。
「でも意外だよな。全然、料理しそうに見えないのに」
「わるかったな」
「褒めてるんだよ。熱帯魚以外のことはどうでもよさそうなのに、案外マメなんだね」
「外食ばっかりしてると不経済だろ。熱帯魚のせいで恐ろしく光熱費がかかるんだよ」
 そう、熱帯魚はその名のとおり、熱帯の国に住む魚である。彼らに日本の冬が耐えられないことは言うに及ばず、いくら暑いのが好きと言えども、気温三十度を軽く超える日本の夏は、これまた熱帯魚には暑すぎる。熱帯魚を飼育するには、一年を通して水温を二十五度前後に保たなければならないのだ。
 そのため夏人の場合、冬はそれぞれの水槽にヒーターを入れ、夏は毎日、水槽部屋のエアコンを稼動しっぱなしにしている。水槽用のクーラーを設置するより、部屋ごと冷やしたほうが経済的だからだ。
「なんだ、やっぱり熱帯魚のためじゃん。あれ、そうするとおれんちも電気代が上がっちゃうの?」
「水槽一本くらいじゃ、たいしたことない」
「よかったぁ」
 ほっと胸を撫で下ろす弘を尻目に、夏人はてきぱきとフライパンを握り、シーチキンとほうれん草の入ったトマトソースを作り始めた。その間に沸騰した鍋には、茹でて小分けにしてあるパスタの塊を冷凍庫から二つ取り出して投入。解凍され、温まったパスタをザルにあけ、トマトソースのフライパンに移す。
 弘がその手際のよさに見惚れている間に、二人掛けの小さなテーブルの上には、二人分のパスタと、いつのまに用意したのか、大根のサラダが並んでいた。
 夏人は使い終わった鍋やフライパンをシンクに放り込むと、冷蔵庫からビールと烏龍茶の缶を取り出し、烏龍茶のほうを弘の前に置いた。
 プシュッ、と缶ビールのプルタブを起こし、まずは一口。
「ああー、うめぇ」
 そんな夏人の様子を、弘は呆れ顔で見つめていた。
「教師が未成年の前で、昼間から酒飲んでるよ」
「お前も飲むか?」
 からかうように飲みかけの缶を差し出す夏人に、弘は憮然と首を振った。
「それが教師の言うことかね。あんた教師に向いてないんじゃない?」
「俺もそう思うね。いまいちやる気に欠けるというか、適性がないというか……」
 ぷっ、と弘が吹き出した。
「それを自分で言っちゃうの?」
「自覚があるだけマシだろ?」
「それなのに教師を続けてることのほうがよっぽど問題だよ。あんたみたいな先生に教わる生徒は不幸だね」
「安心しな。お前は幸せな高校生活が送れるから」
 と言いながら、夏人は弘がどこの高校に通うのか知らないし、訊ねようともしない。
 どうせこの関係は、もうじき春休みと共に終わるのだ。学校が始まれば、弘がここへ来ることもなくなるに違いない。ならばこれ以上、互いのプライベートを知る必要はないだろう。
 時折、弘は夏人の仕事や家族の話を聞きたがったが、その度にのらりくらりとかわしてきた。いささか薄情な気もするが、割り切った気持ちでこの少年に接しようと、夏人は自分の心にブレーキをかけている。
 しかし、意識的にブレーキをかけるということは、すでにこの少年に情が移り始めているということだ。
 夏人は気づいていながら、目を逸らそうとしている。
 ここ数年の間、恋愛感情のあるなしにかかわらず、夏人は他人と深く関わり合うことを避けてきた。いずれ破綻するであろう関係をこつこつと築き上げていく気力を、すっかり失くしてしまっていた。
 唯一、澤との付き合いは、中学時代からの腐れ縁でいまだに続いているが、しかしそれも、熱帯魚飼育という共通の趣味がなければ、今頃はどうなっていたかわからない。かえってそれくらいの繋がり具合が、今の夏人にはちょうどよかった。
 もっとも、たとえ熱帯魚絡みだったとしても、澤の他に親しい人間をつくる気もない。だから、そういう機会があっても、相手を自分のテリトリーに侵入させないよう、慎重に距離を測ってきたつもりだった。
 それなのに……。
 二口目のビールを喉に流し込んだ。旨いはずの苦味は、夏人の心を憂鬱にしただけだった。
「それよりさ、もうすぐ春休みも終わりだよ。そろそろおれのアピストを選ばせてよ。この中からどれでも好きなのを選んでいいって言ってたじゃん」
 弘が屈託のない笑顔で夏人にねだる。
 その笑顔を恨めしく思いながらも、夏人は顔色ひとつ変えずに答えた。
「まだだ。これ食ったら水草のトリミングをするから、水草水槽にアピストを泳がせたいならよく見ておけよ」
「ちぇっ、もったいぶっちゃってさ」
「別にお前が自分で買ったっていいんだぞ」
「いえいえ、勉強させていただきます」
 弘はおどけて、テーブルに両手をついて深々と頭を下げた。





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うう・・又読んでしまった。
今日は、地元の初詣、私の実家、池上本門寺、夫の実家と転々とし、今、みんなで入浴中なので、それっと読みに来ました。
夏人は過去に傷持つ男・・料理もできて(あのパスタの作り方・・良かった)明らかに弘は夏人に恋しますね・・・
うーんいいなぁ・・
adocyan 2009/01/01 20:08 *edit
恐れ入ります~。
>今日は、地元の初詣、私の実家、池上本門寺、夫の実家と転々とし、今、みんなで入浴中なので、それっと読みに来ました。
↑そんなスキを狙ってまで…。ありがとうございます。
私も今日はダンナの実家へ遊びに行ってました。
明日は早朝から遠出で鳥見です。

>夏人は過去に傷持つ男・・料理もできて(あのパスタの作り方・・良かった)明らかに弘は夏人に恋しますね・・・
↑後ろ向きな大人と自由な子どもの年の差カップルが好きなんです。
先生×生徒はメガネくんに並ぶ私の萌えツボです!
朔田圭子 2009/01/02 00:31
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誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
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慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


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