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 澤と飲んだ日から、夏人は弘との距離のとり方について悩んでいた。理科準備室で二人で過ごすのが、半ば習慣化してきてしまった今、これを改めるべきではないのかと思い始めている。
 いや、初めからこの距離感は不自然だと感じてはいた。一般的な教師と生徒の距離ではない。けれど、弘に対する罪悪感と同情から、なんとなく突き放せないでいる。
 弘自身は、一体どう考えているのだろう。何を思って準備室に通ってくるのだろうか。
 夏人には弘の真意がわからない。
 人間は生きていくために忘れる生き物である――という内容の本を、以前に読んだことがある。不必要な記憶や辛い思い出を消去して、自己防衛するのだ。
 もしかしたら、弘はあの日の出来事を、本当に忘れてしまったのだろうか……。
 不意に、窓の外から運動部の練習開始の号令が聞こえてきた。
 夏人は気持ちを切り替え、目の前の仕事を片付けてしまおうと机に向かった。
 そのとき、女子生徒が血相を変えて職員室に飛び込んできた。
「柏木先生、大変! 野中と皆川がっ」
 夏人は慌てて立ち上がった。
 その生徒の話では、最初は何やら話をしていた二人だったが、いつのまにか言い争いになり、挙句、哲太が弘に掴みかかったらしい。
 数人の生徒が、廊下から教室の中を窺っていた。夏人は生徒たちを掻き分け、中の二人に歩み寄った。
「何をやっている」
「なんでもないよ。ふざけてただけ」
 床に座り込んでいた弘は、夏人の顔を見るなりすぐに立ち上がって、乱れた制服を手早く直した。
 努めて普段どおりに振舞おうとしている弘とは対照的に、哲太は俯いたまま両の拳を握り締めている。
「喧嘩の原因はなんだ?」
 今度は乱れた机をきちんと並べ直しながら、弘が哲太を庇うように口を開いた。
「おれが哲太を怒らせたんだ。おれが悪いんだ。ごめんな、哲太」
「そうなのか? 皆川」
 哲太は何か言いたそうに夏人の顔を睨みつけたが、結局無言のまま、夏人の制止を無視して教室から出て行った。
 夏人としても、高校生にもなって喧嘩を理由に説教する気はなかったので、哲太を追うことはしなかった。あとで当人同士で解決すればいいことだ。夏人はうるさい野次馬どもを散らしてから弘の傍らに戻った。
 血の滲んだ弘の手の甲に、視線を落とす。
「お前はこっちだ」
 夏人は弘を促して教室を出た。
 階段を下りて正面にある保健室のドアをノックしようとしたとき、中から勢いよく白衣の女性が飛び出してきて、危うくぶつかりそうになった。
「わあっ、びっくりしたなぁ」
 それはこっちのセリフだ、と言いたい気持ちを抑えて、夏人はそのまま走り去ろうとする彼女を呼び止めた。
「吉野先生、どちらに行かれるんですか?」
 吉野は面倒臭そうに振り返って、早口で答えた。
「教頭に呼び出しくらってるんだけど、何?」
 小柄でかわいらしい外見に似合わず、男勝りでがさつなこの年上の女性が、夏人は嫌いではなかった。けれど、なんとなくいつも彼女の気迫に押され気味である。
「あ、彼の手当てを……」
 どれ、と弘の傷を一見して、
「たいしたことない。あとはよろしく」
と言い残して行ってしまった。仕方なく、夏人は自分で弘の手当てをしてやることにした。
「あの人、おもしろいよね。女って感じしなくて。生徒たちの間でも人気あるんだ」
 夏人は丸めてある脱脂綿をピンセットでつまみ、消毒液に浸した。それを弘の傷口に押し当てると、弘は少しだけ顔を歪めて、気を逸らそうとしてか、なおもしゃべり続ける。
「今月の新聞部の記事、読んだ?」
「いや」
「吉野先生のインタビューが載ってて、今一番ほしいものはなんですか?っていう質問があったんだ。ねえ、吉野先生なんて答えてたと思う?」
「さあな」
「ドラえもんの四次元ポケット、だって。変わってるよね」
 弘はすくすく笑っている。
「別に人それぞれでいいんじゃないか」
「うん、そうなんだけど、なんか三十路なのにかわいいなぁと思って」
 それに対してなんと言えばいいのか、夏人は少し迷った。
「……それ、本人には絶対に言うなよ」
「え、もう言っちゃったよ。そしたら、野中くんもかわいいよ、だってさ。やっぱおもしろいよな、あの人」
 吉野がおもしろい、というより、夏人には弘の無邪気さが恐ろしかった。先刻の騒動だって、子供の喧嘩というやつかもしれない。
 絆創膏を貼り終えると、夏人は後片付けをしながら、あらためて喧嘩に至るまでの経緯を訊ねた。
 すると、さっきまでよく動いていた弘の口は、ぴたりと活動を停止してしまった。
「別にお前たち二人の問題なんだから、俺が口を挟むことじゃないのはわかってるんだ。言いたくないなら、それでもいいさ」
 弘は哲太を庇っている。そう思うと、夏人はなんとなくおもしろくなかった。
 そんな夏人の不満が、最後の突き放すような言いぐさに表れていたかもしれない。そして弘は、それを敏感に感じ取ったのだろう。上目遣いに夏人の機嫌を窺うと、重い口を開いた。
「……哲太は、おれが先生にくっついてるのが気に食わないんだ」
 やっぱり、あいつのあの目つきはそういうことだったのか、と夏人は納得した。
「お前が準備室に入り浸ってるから、皆川もつまらなかったんだろう。そんなことで喧嘩するなよ。これからはもっと友だち付き合いを大事にしろよな」
「そんなことって……先生はおれの気持ちも〝そんなこと〟で片付けるの? 知らないふりをして、なかったことにするのかよ」
 弘の中では、あのことはもうすっかりなかったことになっているのだろう、と勝手に思い込んでいた夏人には、弘の責めるような口ぶりが意外だった。
「おい、何を言っているんだ」
 弘はかまわず続けた。
「あのとき、おれ言ったじゃん。先生を好きだって。まさか忘れたわけじゃないだろ?」
 そうだ。そう都合よく忘れられるわけがない。忘れたい、忘れてほしい――そう願っていたのは、むしろ夏人のほうだった。
 それまでの勢いから一転し、弘の声はわざとらしいほど落ち着いていた。
「ちゃんとわかってるよ。先生はおれを脅かそうとしてあんなキスをしたんだって。でも、それ以外のこともわかっちゃったんだ」
 アピストの親子を見つめていたときと同じ、一点の曇りもなく澄みきった弘の瞳が、まっすぐ夏人の心臓を射抜く。
「先生もおれを好きなんだ」
 夏人は眩暈を覚えた。
 一瞬のようで、永遠のような沈黙が、二人の間を流れていった。
 我に返った夏人は、大人のプライドを総動員して、いっそのこともう降参してしまいたいと願う心を叱咤する。
「教師をからかうんじゃないよ」
「おれは本気だよ。先生こそ、今度は逃げたり誤魔化したりするなよ」
「……お前は俺の生徒だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「嘘だ」
 そう、嘘に違いなかった。夏人にとって、弘は最初から生徒などではなかった。夏人が最も恐れていたのは、弘に好かれることではなく、自分が弘を好きになることだったのだ。
 今更ながら、そんなことに気づく。
 しかし、口をついて出るのは本心と反対の言葉だ。
「嘘じゃない。第一、生徒に手を出すほど困ってないんでね」
 意地悪く弘を突き放す。
 それでも、弘は一縷の望みにすがるように夏人に問い続ける。
「本当に? 少しも好きじゃない?」
 弘の身体を抱き寄せたい衝動を懸命に抑え、夏人はわざと軽い口調で、己のぎりぎりの感情と、弘の真剣な問いかけをはぐらかした。
「他の生徒たちと同じくらいには好きだよ」
 澤の気持ちから目を逸らしてきたように、夏人は今再び、弘の好意も、自分の感情も放り出そうとしている。弘の怒りと悲しみをない交ぜにした瞳が、そんな夏人の卑怯さを責めていた。
「もういいかな。仕事が残ってるんだ」
 弘の視線から逃れるように、夏人は保健室を出た。
 ドアを閉めた瞬間、夏人は疲労感に襲われ、肺の中の重苦しい空気を吐き出した。





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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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