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「よ、飲まないか?」
 温室の入り口で、夏人はビールの入ったコンビニ袋を、ちょいと持ち上げて見せた。
 〈アクア・キューブ〉で買い物を終えたあと、夏人は約束どおり弘を連れて、近所の蕎麦屋に入った。食事を済ませると、歩いて帰れると遠慮する弘を引き止め、車で自宅のアパートまで送り届けた。
 部屋に戻っても、なんとなく気分が落ち着かない夏人は、魚たちに餌をやってから、澤の仕事の上がり時間に合わせて、徒歩で澤のところにやってきたのだった。
「珍しいね。ナツがビール持参で来るなんて」
「お前の冷蔵庫には、アルコールは入ってないだろう」
 以前は祖父母が二人で暮らしていた屋敷の庭に、十坪ほどの広さのその温室はある。祖父が亡くなったのちも、熱帯魚たちのために室温は一年中、二十五度に保たれている。祖母の希望で澤がこの家に移り住み、温室の管理をしているのだ。
 流し台の脇に置かれた小さな冷蔵庫の中には、熱帯魚の冷凍餌の他にも、人間の飲料水などが常備されている。澤の祖父がここを管理していた頃から、しょっちゅう出入りしていた夏人は、いつもその冷蔵庫を勝手に開けて、缶ジュースを取り出して飲んでいた。
 澤が折りたたみ式の椅子を広げて夏人に薦めると、夏人も袋から缶を取り出して澤に放った。慣れた動作でそれをキャッチする澤。中学時代から幾度となく繰り返されてきた光景である。
 夏人はビールで喉を潤してから口を開いた。
「先週の土曜、あいつが遊びに来たんだろう? 珍しいな、お前がここに誰かを呼ぶなんて」
「そう? 故意に人を入れないようにしているつもりはないんだけど……でも、そうかもね」
「随分あいつを気に入ってるんだな。いつもなんの話をしているんだ?」
 澤はちらりと夏人の表情を窺った。
「うーん、それは弘くんの担任教師としての質問? それとも個人的な興味?」
 痛いところを突いてくる。
「別に……これだけ年齢が離れてて、熱帯魚以外の話題でも会話が成立するものかと思ってな」
 澤がいたずらっ子の顔になる。
「学校の先生には言えないようなことを話してるんだよ」
 うまくはぐらかされてしまった夏人は、それ以上追及するのをやめた。
「そういえばお前が言ってたメンデジィな、まだ〈アマゾニア〉にいたぞ。ずっと売れ残ってるみたいだ」
「輸送に問題があったのかな。コンディションがすごく悪かったからね。ほんのわずかだったけど、鱗にも乱れがあったし……残念だったね」
 夏人に弘の世話を頼む代わりに、必ず確保してくると澤が約束したメンデジィは、期待していたよりも状態が悪く、澤の判断で購入を見送った。
「俺はお前の目を信用している。あれは諦めて正解だったんだ」
 申し訳なさそうに頭を垂れる澤を慰めたかったわけではなく、夏人は本心からそう思っている。それは澤にもちゃんと伝わっているのだろう。
「ナツがそう言ってくれると嬉しいな」
 澤はくすぐったそうに微笑んだ。
 それからしばらくの間、二人は熱帯魚を肴にビールを煽った。
「やっぱりここは落ち着くな」
 熱帯魚の女王と呼ばれるディスカスの水槽の前で、夏人は立ち止まった。すると、ディスカスたちは一斉に夏人の前へ集まってくる。
「俺は時々、人間のほうが魚たちに観察されてるんじゃないかと思うよ。特にアロワナとか大型魚は、人間なんかよりよっぽど哲学者に見える」
「それ、わかる。絶対に魚も人を見てるよね。あ……アロワナと言えば、昨日、久々に小田切さんが店に来たんだよ」
 澤が何気なくアロワナを専門に飼育しているかつての得意客の名前を口にしたとき、夏人は一瞬、自分の耳を疑った。
 しかし、確かに澤は「小田切」と言った。
 気のないふりを装いつつも、夏人は澤の口から出る次の言葉に全神経を集中させる。
「あの人は結婚しても全然変わらないね。僕たちよりも年上なのに、学生みたいな顔してるし。あの人、今はどこに住んでるって言ってたっけ?」
「さあな」
 思い出したくない男の話題を持ち出してきた澤を恨めしく思いながらも、夏人は昔の恋人の姿を瞼の裏から追い払うことができなかった。
 小田切は夏人より四歳年上で、夏人がまだ大学生だった頃に〈アクア・キューブ〉で知り合った。小田切の柔らかな物腰と、高くも低くもなく心地よく響く声、そして熱帯魚に関する豊富な知識に、夏人はおのずと惹かれていった。  
 そんな夏人の気持ちを知ってか知らずか、あるとき彼が声をかけてきた。
「君は僕と同じ匂いがするね」
 夏人は小学生の高学年の頃から、自分が女性に興味を持てない人間だということを自覚していた。好きになる相手はいつも、一緒にいる仲のよい男友たちだったり、すでに彼女や奥さんのいる男ばかりだった。誰かを好きになったところで、何も始まらない。どこへも行けない。自分の中で、その恋が死んでいくのをただ待つだけだ。
 それでも、年頃の男が聖人君子のような生活を送れるはずもなく、大学生にもなれば、遊ぶ相手に困ることはなかった。そうして身体を満たす代わりに、夏人は少しずつ己の孤独を深くしていった。
 その頃だ。小田切と出会ったのは。
 好きになった人と肌を合わせたのは、彼が初めてだった。こんな幸福があることを知らなかった夏人は、一生、小田切と共にいられるものだと信じていた。
 それなのに、小田切は女性と結婚した。
 両親のため、世間体のためだと必死に言い訳をする小田切の姿が、夏人の目にひどく哀れに映った。けれど、本当に哀れなのは小田切ではない。夏人か、それとも、何も知らずに小田切と結婚する女性か……。
 以来、小田切とは会っていない。二人の関係を、澤は知らないはずだ。
「奥さん、かわいい人だね。お腹が大きくて大変そうだったけど」
 知らないはずなのに、その声には夏人の反応を窺うような響きがあった。しかし、そんな澤の表情を読み取るほどの余裕は、夏人にはなかった。
「妊娠……しているのか?」
「そうだよ」
 小田切は女性ともセックスができる男だったのだ。子供は作れない、という小田切の言葉にほんの少しだけ慰められていた夏人は、自分の愚かしさと小田切の狡猾さに憤りを感じた。
 それ以上に、まだ小田切を憎む気持ちが自分の中に残っていたことに、夏人自身、驚いていた。
 缶を持つ手が微かに震える。澤に気取られまいと、残っていたビールを一気に喉に流し込んだ。三本目の缶に手を伸ばすと、その腕を澤に掴まれた。
「やめときなよ。明日も学校でしょ」
 澤の手を振り払おうとすると、澤は放すまいとさらに力を込めてくる。
「もういいじゃない。忘れなよ」
 珍しく強い口調で言う澤の顔を、夏人は思わず見返した。優しく労わるような瞳の奥に、有無を言わせぬ力を秘めている。
 飲酒のことを言っているのだと思いつつも、すべてを見透かすような澤の瞳に、夏人は動揺を抑えることができなかった。
 もしかしたら、澤は知っているのかもしれない。
「……ごめん。知ってたんだ」
 まるで夏人の心を読んだように、澤は静かに打ち明けた。
 混乱する頭で、夏人は必死に記憶を遡る。
「お前に話したことは一度もなかったはずだ」
「うん。でも、僕はずっとナツのことを見てたからね。なんとなくわかっちゃったんだ」
「…………」
「何も言ってくれなかったのは、さすがにちょっと悲しかったけど」
 この会話がどこへ向かおうとしているのか、夏人は思考を巡らせる。
「僕には話してくれなくても、ナツが辛いときこの温室に来てくれるなら、それでいいと思ってた」
「…………」
「そのためには、何も知らないふりをするしかなかった。ナツにとっては、何も訊いてこない僕だから都合がよかったんだもんね」
 そのとおりだった。夏人が彼女をつくらない理由や、小田切との関係について、澤が何も訊いてこないのをいいことに、夏人も無視し続けてきたのだ。澤が自分に対して抱いている感情を。
「やっぱり、僕じゃだめか」
「……すまない」
 どんなに詫びても足りない気がした。
 澤は寂しげに微笑んだ。
「まあ、しょうがないか。じゃあさ、弘くんは?」
「弘?」
 澤の切り替えの早さもさることながら、予期せぬ名前があがったことに驚いた。
「あの子は小田切さんとは違うよ」
「当たり前だ。あいつはまだ子供だよ」
「そういう意味じゃないよ」
 わかっている。けれど……、
「ありえないな。あいつの家庭の事情はお前も聞いてるだろ?」
「うん、大体のことは」
「なら、お前も感じたはずだ。あいつはアピストの親子に自分の理想を重ねている。両親が揃っていて、兄弟もたくさんいるような賑やかな家庭を、大人になればあいつは自分で築くだろう。こんなところで躓いてちゃいけない」
 夏人は自分に言い聞かせていた。
「それに……」
 もう、誰とも本気の恋愛をするつもりはない。
「曲がりなりにも俺は教師だ」





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【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
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石榴館 作品紹介

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管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
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