忍者ブログ
創作BL小説ブログ
ADMIN | WRITE | RESPONSE
■□ [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 どんよりと厚い雲に覆われた無彩色の空。
 水路沿いの遊歩道に並ぶ桜の花びらの薄紅色が、いつもよりも彩度を増している。
 日没まではまだ少し時間があるはずなのに、太陽の在り処がわからない。
 道標を失った人々を誘うかのように、一面ガラス張りのその店から、青白い光が溢れている。
 柏木夏人はまっすぐにその光を目指し、躊躇いもなく重いドアを引いた。
 湿度の高い、独特の匂いに包まれる。
「あ、いらっしゃい」
 こちらを振り向いてにこやかに挨拶をした店員は、すぐさま傍らに立つ少年に向き直った。どうやら接客中だったらしい。
 夏人は特に気にも留めず、店の奥へと進んでいく。
 店内には無数の水槽が壁のようにそびえ、整列していた。図書館の書架をすべて水槽にし、通路を狭くしたら、ちょうどこんな感じになるかもしれない。レジカウンターのまわりや通路のコーナー部分には、それぞれ意匠を凝らした大小のレイアウト水槽が展示されている。
 そう、ここはアクアリウム・ショップ。
 いわゆる熱帯魚専門店である。
 熱帯魚専門といっても、淡水魚もいれば海水魚もいるし、魚に限らず、爬虫類や両生類、昆虫なども扱っている。もちろん、水草も豊富にストックされている。
 一階はすべて生体売り場。二階には水槽や器具、薬品から専門書まで、アクアリウムに必要なものならなんでも揃っている。〈アクア・キューブ〉は、地元の熱帯魚愛好家の間では名の通ったショップなのだ。
 夏人はいつものように水槽を眺めながら店内をまわり、目当ての水槽の前で立ち止まった。この一角は、南米産の小型シクリッドがそれぞれの水槽にワンペアずつ収容されている。その魚たちが震え上がるのではないかと思うほど真剣な面持ちで、夏人は品定めを始めた。
 ふと、隣の水槽に視線を移すと、そこでは若いペアが子育て中だった。何十匹もの、五ミリにも満たないかわいらしい稚魚たちを守るように、黄色味を帯びた雌が周囲を警戒している。
 思わず夏人の表情も和らぐ。
「うわー、ちっちぇー」
 ごく近いところから聞こえてきた声に、夏人は振り返った。カウンター付近で店員と話をしていた少年が、いつのまにかそこに立っている。
「この親は、ちゃんと子育てしてるんだね。えらいなぁ」
 夏人はあたりを見まわしたが、傍には誰もいない。と言うことは、この少年は夏人に話しかけているのだろう。
 最初は無視しようかとも考えたが、すぐに気が変わった。少年の魚を見つめる瞳が、あまりにもきれいだったからだ。
 夏人も初めてこの光景を見たときは、小さな水槽の中に、自然界の命の営みを見た気がして、かなり衝撃を受けた。
 この見知らぬ少年に、夏人は昔の自分の姿を重ねた。数ある熱帯魚の中から、この魚を見つけ出し、純粋に驚きと感動を表している少年を好ましく思った。
「これはアピストグラマといって、アマゾン水系を中心に生息するシクリッドの仲間だ。こいつらは基本的に親魚が卵や稚魚の面倒をみるんだよ」
「へえ、魚ってみんな卵は産みっぱなしなんだと思ってた」
「魚にもいろいろあるからな」
「あれ……でも、この夫婦は仲がよくないみたいだよ」
 雄よりも身体の小さな雌が、強気にも自分に近づこうとする雄を尾鰭で追い払っている。
「産卵後に雌の気性が荒くなって、雄を追い払おうとするのはよくあることなんだ。母性本能が強すぎて、他のすべての魚を敵だと思ってしまうのかもな。逆に産卵前は、雄が雌を追い駆けまわして、ぼろぼろにしてしまうことがある」
「ふーん。なんだか人間みたいだな」
 人間の男女間の事情をどこまで理解しているのか怪しいこの少年は、少しの間、何やら考え込んでいたかと思うと、カウンターの中にいる先程の店員に手を振った。
「澤さーん、こっち来てー」
 少年に呼ばれてやってくると、澤は少年の隣に夏人の姿を認め、わずかに眉を持ち上げた。
「なんだ、ナツはこの子と知り合いだったの?」
「いや」
 一言で済ませようとする夏人の変わりに少年が答える。
「今、知り合ったばっかりだよ。この魚のことを教えてもらってたんだ」
 少年は瞳をきらきらさせて、水槽の中を泳ぐ魚に視線を送った。
「アピスト?」
「うん」
 澤の紹介によると、少年の名は「川島弘(ひろむ)」といって、この店の脇を流れる水路沿いを少し上ったところにある中学校の三年生らしい。
「昨日、卒業式が終わったから、やっと熱帯魚が解禁になったんだ」
 弘は嬉しそうに言った。どうやら、中学を卒業するまで、熱帯魚飼育を親に止められていたようだ。
「それで、飼いたい魚は見つかった?」
「うん。アピストグラマがいい」
 少年の答えを澤は予測していたのか、驚いた様子もなく夏人に目配せをした。
「だってよ、ナツ先生」
 夏人はこれから起こるであろう厄介事を瞬時に予想し、おおいに慌てた。
「おい、秀太朗。俺は忙しいぞ」
「春休みのあるお仕事が?」
 澤は邪気のない赤ん坊のような笑顔を見せた。この笑顔が曲者なのだということを、夏人はよく知っている。
「休み中だって、いろいろとやらなきゃならないことはあるんだ」
 夏人は抵抗を試みるも、いまいち説得力に欠ける。急遽、ターゲットを変更した。
「弘くん……だっけ? きみは熱帯魚は初めてなんだろ?」
「うん。金魚とかなら飼ったことあるけど」
「ならアピストはまだやめておけ。初心者はもっと飼いやすい魚にしとけよ。無知な人間が最初から難しい魚を飼うと、十中八九殺しちまうことになる」
 夏人の言葉に容赦はなかった。
 弘に助けを求められた澤は、「もうちょっと穏やかに話そうよ」と夏人を諌めてから、やさしい眼差しで弘を見下ろした。
「でもね、弘くん。ナツの言うことも嘘じゃないんだよ。今は初心者向けの飼育の簡単な魚にしといて、いろいろ勉強してからアピストに挑戦したほうが、リスクも少ないんじゃないかと思うんだけど……」
 基本的には澤も夏人と同じ意見らしいが、そのソフトな口調のせいか、強制力は感じられない。
 弘は黙って俯いていたが、すぐに毅然と顔を上げた。
「おれは自分が一番ほしいものしかいらない。気に入らない魚を飼ったって、きっと本当には大事にできないよ。だったら最初から熱帯魚をやらないほうがいい」
 どうも反抗心で言っているわけではなく、真剣にそう考えているらしいことが、その落ち着いた態度から伝わってきた。





目次へ第2話へ



にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
     
ランキングに参加しています。
お気に召しましたらポチッとお願いします。
1日1回のみカウントされます。
 
PR
■□ COMMENT
HN:
TITLE:
COLOR:
MAIL:
URL:  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT:
PASS:
アピスト
お魚の名前だったんだ・・・ナルシストとか・・ピアニスト
・・とかなんだろう?と、思ってました。
新年に一つ謎が解けました。
さて、今日は色々お出かけで忙しいので、ちょっとずつ読んでいきます。
SSから釣られたので、このCPだとは分かるけど、こんな出会いだったんだー。
図書館みたいなアクアリウム・・・少年と少年と同じ趣味の大人・・・ドキドキします。
adocyan 2009/01/01 07:56 *edit
早速ありがとうございます。



>お魚の名前だったんだ・・。
↑アピストは以前、私が熱帯魚にハマってたときに飼っていた魚の種類です。
あんまりメジャーな魚じゃないけど、コレクターにはたまんない魚なんです。
マニアックでごめんなさい…。

>さて、今日は色々お出かけで忙しいので、ちょっとずつ読んでいきます。
↑お忙しい中ありがとうございます。
これはずいぶん前に書いたものなので、恥かしい過去が暴かれる感じです。
あんまり期待しないでくださいね~。
朔田圭子 2009/01/02 00:23
■□ TRACKBACK
トラックバックURL:


■□ INFORMATION

【8/12】
誠に勝手ながら当ブログを
活動休止とさせていただきます。

【5/16】
すいません。
現在、潜伏中です。

【5/7】
突然ですが模様替えをしました。
慣れないうちはなにかとご不便を
おかけするかもしれませんが、
何卒ご容赦くださいませ。

【4/23】
「お久しぶりです」の方も
「はじめまして」の方も
こんな隅っこブログにお越しいただき
どうもありがとうございます。
ご挨拶が遅れてすみません…。
ぼちぼち更新してまいりますので
これからもよろしくお願いいたします。


【1/3】
あけましておめでとうございます。
昨年中はこんなぐだぐだなサイトを
見捨てずに応援してくださり
本当にありがとうございました。
今年もお付き合いいただけると
うれしいです♪
どうぞよろしくお願いいたします。


【11/3】
長らく放置してすいません><
こんな状況でも訪問してくださる方
本当にどうもありがとうございます!
ひとことでも感想などいただけると
朔田が泣いてよろこびます~。


【6/14】
ご無沙汰してます。本文の文字を
ちょっぴり大きくしてみました。
少しは読みやすくなったかな?


【4/21】
現在、ちょーゆるゆる更新中です。
忘れた頃になにかがアップされてる
…かも……?


【1/19】
「浅葱色の少年」は完結しました。
応援してくださったみなさま、
どうもありがとうございました!


【1/15】
新作「浅葱色の少年」を更新中です。
かすかにBLが薫るお伽噺みたいな?
楽しんでいただければ幸いです♪


【1/15】
趣味でやっていた〈ひとり光画部〉は
閉鎖しました。ご愛顧ありがとうござ
いました。


【1/15】
「石榴館」はすてき絵師・東風さんと
一緒に遊んでる吸血鬼シリーズです。
          詳しくはこちら→
石榴館 作品紹介

■□ COMMENTS
▼コメントありがとうございました!
[05/27 朔田]
[05/21 ままたみ]
[05/12 朔田]
[05/11 須和]
[05/11 ままたみ]
[05/10 須和]
[05/10 東風]
■□ PROFILE
管理人:朔田圭子(さくた けいこ)

さくたはめがねがだいすきだよ。それからかえるとかすなふきんとかみどりいろのものがすきみたい。 めーるふぉーむだよ♪ さくたがなんかゆってるww
■□ RANKING
▼ランキングに参加しています。お気に召しましたらポチッとしていただけると大変励みになります。    ※こちらは別窓が開きます。
にほんブログ村小説ブログBL小説ランキング    カテゴリ別オンライン小説ランキング

にほんブログ村トラコミュ[メガネくん萌え]
▲管理人をしています。メガネくん好きの方はぜひご参加ください♪
■□ SEARCH
忍者ブログ [PR]